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EU離脱。英国民を「もう十分だ」と思わせたのは

鶴見大学文学部名誉教授・相良先生

イギリスよどこへ行く

EU離脱(ブレグジット=Britain(英国)×Exit(離脱))を推し進めるイギリス。その背景のひとつに難民問題がある。ニュースでもよく耳にするが、文化的な視点からは何が見えるだろうか。イギリス文化に詳しい鶴見大学文学部名誉教授の相良英明先生に聞いた。

1人分の仕事を複数でシェア

「ユーロではなくポンドを使い続けていることからもわかるように、イギリスはもともと欧州連合(EU)に参加したくなかったと思いますよ」。イギリスのEU離脱の背景について、相良先生は開口一番、こう切り出した。

「また、スコットランドでは4割以上の人がイギリスからの独立を望んでいます。こうした火種がずっと内部にくすぶっている国なんです」

鶴見大学文学部名誉教授・相良英明先生

今回、直接的な引き金になったのは難民問題だ。日本は難民はもちろんのこと、外国人労働者の受け入れにも消極的だ。問題といわれても、どうもピンと来ないし、コンビニに外国人が増えてきたな、と感じている程度だ。それに比べてイギリスの人々にとって難民流入の問題は、そんな生やさしいものではないと相良先生は語る。

「職の問題が大きいでしょう。もともとイギリスでは雇用機会の需給バランスが悪い。1人分の仕事を複数でシェアせざるを得ず、十分な稼ぎを得られない人もかなりいます」

日本で「ワークシェア」というと、働き方の多様性といったポジティブな文脈で語られることも多いが、イギリスのワークシェアの状況ははるかに切実だ。

「難民に職を奪われるのではないか、という危機感を抱くイギリス人が、特に労働者階級に少なくないんです」

ロンドンで生粋のイギリス人は20%足らず

イギリスに多くの異民族が流れ込んでいるのは今に始まったことではない。2000年代に入ってEUが中・東欧諸国へ拡大すると、それに伴ってポーランドなどの旧共産圏からの移民が急増した。

さらにさかのぼれば、第二次大戦後の好景気時代、旧植民地のインド、パキスタンや西インド諸島から多くの外国人を移民として受け入れ、イギリスの人口の5%、ロンドンに至っては20%を占めるまでになった。

「この割合は今もほとんど変わっていません。さらに、割合を見ると、生粋のイギリス人(イングランド人)は全国民の半分を切り、ロンドンに限っていえば20%足らず。むしろマイノリティなんです」

カズオ・イシグロにブッカー賞を授けたイギリスが……

なるほど、イギリスはとうの昔から「多民族国家」というわけだ。「もうこれ以上は十分だ、という国民の思いが離脱を選んだ背景にある」と相良先生は見る。

もちろん、「多民族国家」である恩恵も大きい。たとえば、多くの移民を受け入れてきたことが、文化的にもさまざまな融合と発展をもたらしてきた。

「建築、美術、音楽、料理など、あらゆる面で外国文化を受容してきました。文学ひとつとっても、出自を問わず受け入れ、イギリス文学史に名を連ねる作家も大勢います。イギリス最高の文学賞ブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロは長崎生まれの日系イギリス人。ナイジェリア出身のベン・オクリという作家も活躍して、大英帝国勲章を受勲しました」

異民族を受け入れて文化を豊かにしてきたイギリスが、難民受け入れにNOを示し、EU離脱を選んだ。なぜ「今」なのか?

イギリスでは異文化融合や異文化共生がかなり進み、ある意味で『飽和』に達しています。EU離脱という選択は、その反動と見ることもできるでしょう」

イギリスは今後2年内に離脱手続きを完了させる必要がある。イギリスの選択する道は、ヨーロッパ全体、そして日本にも影響を及ぼしていく。

 

2017年4月14日取材

文/小島和子 写真/小島和子(講義写真)、小学館SVD、黒田なおみ(風景写真)