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68才で始めた70才。おしゃれ防具で小学生と真剣勝負

左は70歳、右は11歳。60歳差の試合シーン

全身白の防具に身を固め、顔のところだけが黒いメッシュとなっているマスクを脱ぐと……。なんとそこには、ふさふさと輝く白髪のダンディなおじさま! 思わず年齢を訊ねると、聞いてびっくりの70才。しかも、ずっとフェンシングを続けてきたシニア選手かと思いきや、始めたのはわずか3年前の68才のときだとおっしゃるではありませんか。これはぜひ話を聞かねばと思わずインタビューしました。

「じつはスポーツは、大学時代にテニスをちょっとやったくらいで、それ以来ほとんどやってこなかったんですよ」と話し始めた太田政彦さん。いい感じに使い込んだフェンシングのフル装備がきりりと決まり、ひときわ目を引くそのお姿は、とてもそうは見えない。

初心者でもOKといううたい文句と、防具のかっこよさにひと目惚れ

ここ、中央大学クレセントアカデミーのフェンシング講座「楽しく学ぶフェンシング」は、7才から70才までが集うと聞いてはいたけれど、現実にそのお姿を拝見しなければ、なかなか信じられないだろう。

──フェンシングを始めたきっかけは?

「70歳を目前にして、健康のためになにかやりたいなと思い立って、はじめは剣道を習うつもりでいたんです。ところが、妻がたまたま中央大学の講座のパンフレットをもらってきて、『剣道じゃないけど、フェンシングがあるわよ』って。

フェンシングなんて、オリンピックとかでしか見たことがなかったから、ズブの素人が、しかも68才からはじめられるとは思いもしなかったんですけど。けれど、初心者でもOKといううたい文句と、防具のかっこよさにひと目惚れしてしまったんですね(笑)。

剣道の防具はつけるのも外すのもひと苦労だし、重い。一方、フェンシングのほうは防弾ジャケットにも使われるハイテク生地でできていて、軽くて動きやすいうえに、洗うのも簡単。臭くならないわけです(笑)。

「これはもう、フェンシングしかない、と」

倍の値段の道具に買い替え

フェンシングの道具は、剣、マスク、ユニフォーム、プロテクター、メタルジャケット、グローブ、ハイソックス、シューズ、剣袋に用具バッグなどなど、一式そろえると10~20万はかかる。だからそうおいそれと足を踏み入れられないが、教室では中央大学所有のフェンシング道具を無料でレンタルしてくれるので、はじめての人や成長期の子どもも安心して通うことができる。

──すごく素敵な装備ですが、自前なのですか?

「最初は借りてやっていたんですが、やはり自分専用のものが欲しくなって…。フェンシングの魅力は様式美ですから、形から入るのも上達への一歩かなと。さすがに一度にそろえる勇気はないので、まずは肌に触れる内側のユニフォームから手に入れました。ひとつひとつそろえていって、次第に完成形に近づいていくのも楽しみでしたね。

でも試行錯誤もあって、じつは最初、初心者用のまあまあのユニフォームを買ったんですが、知れば知るほどいいものが欲しくなって…。オリンピック選手と同クラスの性能がある、倍ほどの値段のものに買い替えてしまいました(笑)。

じつは、もうひとつクラシックギターという趣味があって、思いきっていいギターを買ったときは本当にワクワクして、フェンシング道具も同じ。気持ちを高揚させてくれる、宝物です」

剣がこのアルミの部分に当たると電流が流れて判定が決まるんですよ、と教えてくれる太田さん

「礼儀を重んじる教育」と「決闘」と

教室では、年齢や体格、男女の区別なくランダムに相手を組み合わせて試合をするのが決まりだ。フェンシングには、フルーレ、エペ、サーブルと3種の剣があり、それがそのまま競技の名前にもなっている。

ざっくり解説すると、フルーレは胴を突くのみで剣がしなやかで軽く、礼儀を重んじる教育のために生まれたフェンシングといわれる。

エペも突きが有効だが、フルーレと対照的に剣が重く、決闘が起源。サーブルは突きだけでなく斬りも有効で、騎兵の武器が起源とされる。

剣の先端が相手の体に触れて、500グラムの力がかかると、アルミでできたガード部分から電流が伝わり、勝ち負けが決まる。その有効面は、フルーレが胴体のみ、エペが頭から足先までの前面の全身、サーブルが上半身全てとなっている。

アルミでできたガード部分から電流が伝わり、勝ち負けが決まる

太田雄貴選手がメダルを獲ったのも、この教室で教えているのもフルーレ。欧米人に比べて小柄な日本人でも同等に闘え、一般の女性や子どもも混じってレッスンできるのは、フルーレならでは。

ちなみに軽いとされるフルーレの剣だが、持ってみると、思った以上に重く感じる。この剣を振り回すとなると遠心力も加わるから、コントロールするにはかなりの腕力を必要とする。

取材日、太田さんの相手に当たったのは、フェンシング歴数か月の小学校6年生の男子。昨年、小学1年から続けた剣道からフェンシングに鞍替えしたばかりで、フェンシング歴こそ短いものの、武道では太田さんより経験が長い。

「僕なんて、ちょっと動いただけで動悸息切れがひどいのに、子どもは体力もあるし、覚えも速い。大人げないけれど、相手が子どもだからって手加減する余裕なんてありませんよ。本気でぶつかります」  

食欲が出たしぐっすり眠れる

「教育のために生まれたフルーレは、どんな手段でも勝てばいいというスタイルでなく、相手の剣を一度はらったうえでないといくら突いてもポイントになりません。勝敗より、いかに勝ったか、いかに負けたかが肝心。剣と剣との会話ができるんです。それが、この競技にハマってしまった最大の要因です」

この日の、太田さんと小学生の試合の結果は…、残念ながら引き分け! 太田さんは悔しいといいながら、どこか楽しそう。

「もっと体力をつけて、次は勝ちたいです。フェンシングをはじめて、モリモリ食欲が出てなんでもおいしく食べられるし、ぐっすり眠れて気持ちよく目覚められるし、体調がぐんとよくなりました。この歳になっても心身が変わるのを実感できるのはうれしいですよ。フェンシングのおかげで、毎日が楽しいです」

〔前の記事〕ズブの素人でも始められるフェンシングの道具萌え

〔おすすめ講座〕フェンシング教室─基礎から応用まで 楽しく学ぶフェンシング─

取材講座データ
フェンシング教室 ―基礎から応用まで 楽しく学ぶフェンシング― 中央大学クレセント・アカデミー 2016年秋期講座

2017年1月28日取材

文・写真/まなナビ編集室