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29人ノーベル賞輩出した研究所の3つのポリシー

サイエンス・カフェは現在、日本のみならず世界中で開催されている。敷居の高かった科学に気楽に親しむ場として20年ほど前から始まった。大阪大学総合学術博物館でも、ジュースやお茶などを自由に飲みながら気軽に科学に触れることができる。今回は「タンパク質の不思議への挑戦」と題して、身体の中で働くタンパク質についてのカフェに参加した。

アミノ酸が鎖のようにつながり、折れたたまって

先日、記者は風邪を引いて病院に行った。抗生物質をもらって飲んだが、貧血のような症状が出たので病院で診てもらうと、今度は「カリウム不足」と診断された。嘔吐や下痢などで体液が大量に出ると、カリウムが不足して貧血のような症状になるらしい。確かに数日おなかがゆるかった。必死にカリウムを多く含む食品を摂取して回復させた。

それにしてもこれまで「カリウム」を意識的に摂取しようとしたことがなかったので、この経験はかなり新鮮だった。人体の構成要素が気になるようになったときにサイエンスカフェ「タンパク質の不思議への挑戦」を受講したので、さらに興味深く聴講した。講師は大阪大学大学院理学研究科教授の水谷泰久先生。会場には高校生から70代まで、幅広い年齢層の人が集まっていた。

水谷先生によれば、人間の身体の構成要素のうちタンパク質は大きな部分を占めるという。 タンパク質は、酵素として働いたり、酸素などを運んだり(ヘモグロビンなど)、シグナルを伝達したり(ホルモンなど)、身体を形作ったり(コラーゲンなど)、生命運動に関わったり(筋肉など)、抗体を作ったり(免疫)、生命活動を行うための重要な役割を担っている。水谷先生の言葉を借りれば、タンパク質は「生命現象の最前線で働いている」

タンパク質とは、アミノ酸の集合体だ。アミノ酸がいくつもいくつもいくつも、つながって形成されている。タンパク質の原料となるアミノ酸は20種類だが、タンパク質の数は10万種類ほどあるそうだ(まだ未発見のものもあると仮定されるので、総数はおおよそ)。アミノ酸同士が数珠つなぎになり、長い鎖を形成する。それが決まった形に折れたたまっているのだという。X線を使った測定法が開発されて以降、タンパク質の立体構造について徐々に解明が進み、ここ50年の間の研究の進化にはすさまじいものがあるという。

タンパク質を作るための設計図ともいうべきものがDNAの塩基配列だ。このDNAの二重螺旋構造を1953年に解明したのが、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリック。彼らが所属していたのは、イギリスのケンブリッジ大学のキャヴェンディッシュ研究所だった。

キャヴェンディッシュ研究所は29人ものノーベル賞受賞者を輩出している研究機関だ(ケンブリッジ大学全体では96人!)。水谷先生はキャヴェンディッシュ研究所のポリシーに話を進めた。

過去の栄光も流行も投げ捨てよ

1938年からキャヴェンディッシュ研究所の所長になったのは、ローレンス・ブラッグ。X線を用いて物質の構造を研究し、父のヘンリー・ブラッグとともに25歳でノーベル物理学賞を受賞した秀才である。彼が所長の時、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの二重螺旋構造を解明し、同じ頃にマックス・ペルーツがヘモグロビンの構造を解明する研究を行っていた。

1962年にジェームス・ワトソンとフランシス・クリックがノーベル生理学・医学賞を、ペルーツがノーベル化学賞を受賞。5部門6人が受賞したうちの半分がキャヴェンディッシュ研究所の研究員という、たいへんな功績を残したのである。

ブラッグは3つの方針を打ち立てたそうだ。

1つめは「過去の栄光にすがらない」
このエピソードを聞いて、飲みの場だったりビジネスの場などで、昔の自慢話しかしない人のことが頭に浮かんだ。本人は気持ちがよいかもしれないが、それ以後その人に進歩がなかったことの証明でももある。なにかを達成しても、その後はすぐに忘れて次の山にとりかからなければ、次の成果はやってこない。

2つめは「流行を追わない」
この話を聞いて思いだしたのは、青色発光ダイオードを発明した中村修二氏のことだ。当時、青色発光ダイオードの発明に向けて、学会や研究者らは、セレンという元素を用いた研究に注目していた。しかし中村氏は、周囲からの冷ややかな視線を受けながら、ガリウムを用いた研究を続けていたと聞く。ブームに乗ってセレン系に目を向けていたら、ノーベル賞を受賞するような研究はなし得なかったかもしれないのだ。

そして3つめは「理屈ばかりで行動しない人からの批判を恐れてはいけない」。 何かがうまく行かないときに、理屈をつけて満足している人がいる。それでは研究は前に進まないし、ブラッグはそういう人からの批判を恐れてはいけないというのだ。

ビジネスでも同じで、なにか新しいビジネスを始めようとしたり、山に突き当たったときに「それはこれこれこういう壁があるから無理だと理屈をこねることが、客観的視点を持った有能な人物だ」と勘違いしている人が多い。しかしなにか障害があったとき、その解決法を考えなければ、新しいものを生み出すことはできないのだ。前進しなければ、ビジネスはいつか時代に取り残されて衰退していく。水谷先生は「それが本当に大事だと思ったら、勇気を持って進まなければならない」と言う。

先生は講座の冒頭で、日本で2人目のノーベル賞受賞者である朝永振一郎氏の言葉を引用した。 それは、

ふしぎだと思うこと
これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
そして考えること
これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
これが科学の花です

という、子どもたちに向けたメッセージだ。

この世の中には、まだまだ解明されていないふしぎがたくさんある。しかし科学の研究には、10年、20年、30年と長い時間がかかるものだ。「ふしぎ」から芽を出し、花を咲かせるためには、長い時間の努力と、発想の転換が必要だ。それにはブラッグの立てた3つの方針はかなり必須項目と言えるかもしれない。

〔大学のココイチ〕マチカネワニ。大阪大学豊中キャンパスから出土したワニの化石。日本で発見されたワニの化石第一号で、ワニの中では大型だとか。博物館入り口にドドンと構えている。

取材講座データ
サイエンスカフェ「タンパク質の不思議への挑戦」 大阪大学総合学術博物館 2017年3月4日

2017年3月4日取材

文/和久井香菜子 写真/まなナビ編集部、(c)polesnoy、jamesteohart / fotolia

〔関連施設〕 大阪大学総合学術博物館