最澄の真筆であると突き止めた
「ここ、墨の濃淡がちょっと違う。考え事をしてたでしょう。あとここ、間違えちゃいけないって力みましたね。線がぎこちなくなってます。逆にこの部分は気持ちがのって書けていていいですね」
そう、ポンポン助言するのは、『名筆に学ぶ書道実技(仮名)』の講師である、国士舘大学文学部教授の細貝宗弘先生だ。受講生は「家で書いてきたのに、すぐ隣からのぞかれてるみたいにバレていて。隠し事できないから、怖いですよ~」と笑う。
実は細貝先生、2002年に最澄の書状の「写し」といわれていたものが最澄の真筆であることを突き止めた人物でもある。字に人柄が表われるというが、その書かれた状況までも手に取るようにわかるというのだ。
この講座では、平安時代中期の名筆そのものを教本としている。そして受講生のほとんどは自宅で臨書(手本をそっくり真似して書くこと)し、講座内では添削してもらうスタイルだ(講座中、他の人が先生に添削してもらっている最中に臨書するのも可能)。書道展に出品し何度も受賞しているような十数年通う受講生もいるが、書道に興味を持ち始めたばかりの人も受講可能だ。
多くの書塾では指導者が手本を書き、その手本を基に習うところが多いが、細貝先生は「それだと名筆に肉薄できず、本当の意味で書の力がついていかない」と話す。
「たしかに、名筆から直接筆勢や特徴などを捉えるのは難しいと思います。ですが、自分自身の目でどのように捉えるか、各受講生がそれぞれ考えることが重要だと思うのです。私はそれを見て、受講生それぞれの達成度に応じて指導させていただく。筆がどのように動いたか運筆が読み取れなかったり、間違った解釈をしている時はその場で書いて説明しています」
1枚数万円の高価な紙にも
こだわりは、紙にも及ぶ。
「名筆が書かれた平安時代中期には精良な紙しかなかったので、同じように精良な紙で書くことも大切です。まず書きやすいし、見栄えもする。当時は書だけでなく、紙も愛でる時代でしたからね。それに何より、書くことで平安貴族の表現に近づき理解し、名筆が書かれた一端を感じられるんですよ、本当に(笑)」(細貝先生)
上級になった受講生の中には、地元・世田谷のリッチなマダムのような女性たちも。金箔などを施したものや飛雲紙(藍や紫の繊維を雲が飛んで行くように漉いたもの)、薄様5枚重ねのグラデーションになった継紙(つぎがみ)など、1枚数万円という高価な紙にも躊躇なく墨をのせていく人もいる。中には、紙漉きの人間国宝に作ってもらうというつわものも!
「高価な紙だから失敗できないって緊張するうちは、名筆に肉薄するようないい字が書けない。だからとにかく練習するようになるんですよ。書いているときは、優雅な貴族になりきっています。さんま焼こうとか掃除しなきゃっていう日常を忘れられますね(笑い)」(受講生の女性)
また「最初は半紙1000円って驚きましたけど、たしかに書いていて気持ちがいいんです。紙を集めるのって、お着物を集めるみたいなものかしら?」とにっこり笑う女性もいる。
単に縦線に見えるけど実は“ら”
受講生は、上級者ばかりではない。初心者も同じ教室で学んでいる。60才の手習いとして始めたという3年目の男性は、練習した半紙をたくさん手にして笑った。
「書道経験もなかったし、ぼくなんかは字形をまねるだけで精一杯なんですよ。何をどう連綿させるのか、なぜこういう形になるのかもわからない。でも、そんなぼくにもわかりやすく、書くコツを教えてくださる。
たとえば、お手本は単に1本の縦線のように見えるけど実は“ら”という文字で、こちらも“ら”を書く気持ちを持つとお手本と同じような、わずかなに曲線を描いた線を書けるとか。形が整ったら徐々に速度を上げると勢いが出るとか。そんなことを知って今、面白くなってきたところです」
終始和やかに授業は進み、自分の添削の番でなくても受講生たちは教壇に集まっていく。
「これ古い紙でしょ? 金箔の上に墨が乗ってるもの」と受講生が言えば、「その通り。1000年前を体感できたでしょ。立派な貴族です(笑い)。すばらしいできです。これからあと1000年残りますよ」と細貝先生。
書の魅力を力説する細貝先生を「マニアック~」と受講生は笑うが、その彼らもマニアックなのだった。
〔受講生の今日イチ〕気づけば紙を集めていって。お着物を集めるみたいなものかしら。
〔おすすめ講座〕
「名筆に学ぶ書道実技(漢字)」
「名筆に学ぶ書道実技(仮名)」
「名筆を極める書道実技(漢字)」
取材講座データ | ||
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名筆に学ぶ書道実技(仮名) | 国士舘大学 世田谷キャンパス | 2017年3月4日 |
2017年3月4日取材
文・写真/まなナビ編集室