国別のメダルランキング表はいけない
「1964年10月24日、東京オリンピックの閉会式。当時、小学校5年生だった私は、東京・世田谷の自宅のテレビの前で正座をして、じっと見届けていました。その時、国旗を手に入場した日本人旗手の後ろから、どぉ~っと世界各国の選手がぐちゃぐちゃに入り乱れて入ってきて。そして日本人旗手に追いついたと思ったら、ぽーんと担いで、騎馬の上に乗せてしまった。旗手はそれはそれはびっくりした顔をしてましたけど、馬になった選手も周りの選手もみんな笑っていて、そのまま場内を一周したんです。
それを見た時、まだ10才でしたけど、なぜか涙がぼろぼろ出て。敗戦国日本が国際社会からちゃんと認めてもらえたんだなあって、子供心に感じるものがあったんです。この体験がその後の人生を変えましたね」
こう熱く語るのは、上智大学の公開講座『オリ・パラ、ラグビー、マスターズ支援基礎教養講座』を企画している、文学部保健体育研究室教授の師岡文男先生だ。2019・2020・2021の3年続く国際メガスポーツイベントの開催を前に、各大会がめざす目的を学んでほしいとの思いで、2015年から開講している。
受講生にはテレビ局社員や広告代理店社員、スポーツ紙記者、都庁職員、組織委員会のスタッフなど、オリンピック、パラリンピックに関わる人も少なくない。
「実はオリンピック憲章には、国別のメダルランキング表を作ってはいけないということが謳われています。国威発揚の場ではなく、一切の差別をなくし、全ての人がスポーツを楽しみ交流できる場をつくるのがオリンピズムの目的なのです。
ところが、今はオリンピックというと、とかく“もうかりまっか”と“メダルをいくつ取れるか”という、上っ面ばかりが取り上げられている(苦笑)。実際にオリンピック・パラリンピックを仕事にしている人でも、オリンピック・パラリンピックそもそもについては、意外と知らないものです。そんな状態のまま、東京オリンピック・パラリンピックで何を目指して、レガシー(後世に遺す偉業)をどう残すかなんて、わかりっこないですよね」
師岡先生が学部での授業で、近代オリンピックを創始したクーベルタン男爵(1863~1937年)のことを尋ねたところ、100人中5人しか知らなかった。日本のオリンピック初参加に尽力した“日本の体育の父”嘉納治五郎(1860~1938年)に至ってはわずか3人。
「吉田沙保里選手すごい!」「水谷隼選手やった!」と盛り上がっても、オリンピックの歴史は知られていない。しかしだからこそ、東京オリンピック・パラリンピックは、異文化を理解し、真のグローバル化を図る絶好の機会だと師岡先生は考えている。
下着姿で外へ出てはいけない
「東京五輪当時、1ドルは360円でした。1964年は外交・留学・商用以外の一般人へのパスポート交付が始まった年でもあります。当時の一般の人々は外国人と接することも極端に少なかったので、東京五輪のために94か国から選手がやってきた1964年は、日本にとって第2の開国だと思うのです。
国際的なマナーが広まったのも、東京五輪からです。五輪を前に、『立ちションベンをしてはいけない』、『列に横入りしてはいけない』、『唾を吐いてはいけない』、『下着姿で外へ出てはいけない』などが広く呼びかけられるほど、日本のマナー、当時はエチケットと呼んでいましたが、よくありませんでしたから(苦笑)。
そして何より、閉会式のあの光景。私たちは戦争を知らない世代と言われていましたが、親から戦争の話を聞いて育った世代です。敗戦国日本を、各国の選手たちが、世界が認めてくれた。うれしかったです。
2020年の東京五輪は205ヵ国の方々が日本にやってくる。真のグローバル化を促進する第3の開国になると思いますし、そうあらねばならないと思っています。日本が多様性を受け入れるグローバル社会になっていくことが、ホスト国として、第3の開国を実現させるチャンスだと思うのです」
あの閉会式から53年。教鞭をふるうほかにオリンピック招致にかかわり、IWGA(国際ワールドゲームズ)理事を務める師岡先生だが、世界に対する興味関心が芽生えたきっかけは「間違いなく1964年の東京五輪」と断言する。
「お話も面白いが、熱い人柄がすばらしい」
受講生は口をそろえて言う。そして、師岡先生の講義のお楽しみはそれだけに終わらない。
「毎回講義後に、懇親会を行うんですよ。みんな名刺交換して、情報交換。講義には出られなくても親睦会には来るという人もいて(苦笑)。親睦会は皆勤賞という人もいるんですよ(笑い)」
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〔おすすめ講座〕国際メガ・スポーツイベント支援基礎教養講座
取材講座データ | ||
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オリ・パラ、ラグビー、マスターズ支援基礎教養講座 | 上智大学公開講座 | 2016年11月7日~2017年1月30日 |
2017年1月23日取材
文・写真/まなナビ編集室