月以外の惑星の岩石を世界で初めて地球に持ち帰る
2010年6月13日、60億キロに及ぶ旅を終えて地球へと帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。2003年5月9日に打ち上げられ、惑星イトカワでの観測・着陸後に無事に地球へと戻ったニュースは、インターネットなどを通じて大きな話題となった。交信途絶などの数々の困難を乗り越えての旅路は多くのファンを生み、映画にもなった。
「はやぶさ」は、地球とよく似た軌道を描く小惑星イトカワのサンプル採取を使命としていた。一時は失敗したのでは、との憶測も流れたが、帰って来た「はやぶさ」の中には、イトカワの岩石があった。月以外の惑星の岩石を地球に持ち帰ることに、世界で初めて成功した瞬間だった。
このサンプル採取装置(サンプラー)の開発に携わったのが、同志社大学の土屋和雄先生である。「サンプルを採取する」といっても、どのように採取するのか。
今回、同志社大学宇宙医科学研究センター主催のシンポジウム「語ろう! 宇宙への夢 月・火星への挑戦」で、当時の映像などを交えて語られたその内容は、「発想の勝利」ともいうべきものが存分に感じられるものだった。
地球の10万分の1の重力のなかで
「はやぶさ」のミッションは、「小惑星イトカワに近づいた後にホバリングして軟着陸、石などを拾う」というもの。拾うといっても、どう拾うのか? アメリカのアポロ計画で「月の石」を持ち帰ったのは “人” だったが、はやぶさは無人探査機だ。岩を砕いたり拾ったりしてくれる “人” は、そこにはいない。
イトカワの表面の重力は地球の10万分の1しかない。ホバリングして軟着陸させたいと思っても、着陸した先が平地であるとは限らない。そもそもイトカワの硬度もわからないなか、どのようにすれば地表から岩石を採取できるのか。
その時、若い研究者が斬新な方法を考案した。弾を打ち込み、その衝撃で岩石を砕き、砕かれた岩石を採取する方法である。早速その方法の有効性が徹底的に検討され、そして採用された。
最終的に「はやぶさ」は、太陽電池パネルの2つの翼とサンプラーの脚をもった1脚ロボットとなった。1脚ロボット「はやぶさ」は小惑星イトカワへ軟着陸し、岩石を採取すると同時にその脚でポーンと地表を蹴って舞い上がった。
夢は次の夢を生む。次は2脚足ロボットで
夢を実現させると、新しい夢が生まれる。次のテーマは宇宙で歩ける「2脚ロボット」の開発だ。
宇宙の他の惑星を探査するロボットとなれば、平地ではなく多様な環境に対応できなければならない。ヒトは複雑な環境の中を巧みに歩いていく。そこで土屋先生は、人の歩行のメカニズムに注目した。人の歩行を数理化し、徹底的に分析を行ったのだ。土屋先生はいう。
「〈巧みな動き〉の背後には、それを可能にする力学的な本質があるのです。必要なのは、一番簡単なモデルを使って、数理的にその仕組みを明らかにすることです」
経験則の背後に潜む力学的な本質を抽出した “数理モデル” を使えば、ロボットにも人間と同じ、多様な環境に対応する歩行能力を与えることができるのではないか、というのが土屋先生の提言だった。
ちなみに、この “数理モデル” によるロボット開発のノウハウは、今後、リハビリテーションなど人の歩行問題を解決するためにも応用が期待できるのではないかと考えられており、この方向の研究も土屋先生の同志社大学宇宙医科学研究センターでの新しい研究課題になるという。
そして有人探査の夢を
講演後の質疑応答のなかで土屋先生は語った。
「はやぶさの構想が出たのは1980年代でした。その頃に今ある手持ちの道具でどこまで行けるのかやってみよう、ということで始まったプロジェクトだったのです。それなら小惑星に行って岩石を採ってこよう、と。『はやぶさ』の第1回の研究会の報告書の表紙にはアストロノーツ(宇宙飛行士)が岩を叩いている絵が描かれていました。有人探査は宇宙探査に携わる全ての人の夢なのです。しかし実際には無人の探査機になりました。現実は厳しい。しかし、夢が実現し、あるいは夢が消えることで、また新しい夢が生まれる。こんなふうに次々と夢が生まれる場所が、 “宇宙” なのです」
宇宙に捧げられたあくなき情熱。この情熱が、この会場にいる若い研究者にきっと受け継がれていくのだろう。
「はやぶさ」の後継宇宙探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに到着するのは2018年。そこに1年半ほど留まり、2019年にリュウグウを出発し、地球に帰還するのは2020年末頃の予定である。宇宙がもっと手が届く存在になる日も近い。
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取材講座データ | ||
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語ろう! 宇宙への夢 月・火星への挑戦」シンポジウム | 同志社大学京田辺キャンパス | 2017年3月10日 |
2017年3月10日取材
文・写真/植月ひろみ イラスト/池下章裕