まなナビ

通訳上達の第一段階は曖昧日本語の明確化

日英通訳入門講師の田村智子先生

上智大学通訳講座のcall教室の様子

日常英会話はペラペラでも、生半可な能力では太刀打ちできないのが日英通訳。だからこそ、ピッタリの英訳がスッと口をついて出たときの喜びはひとしおだ。上智大学で30年続く「日英通訳入門」を受け持つ田村智子先生は上智大学のOGで、その後もハーバード大学大学院で学び、会議通訳、司法通訳、通訳案内士として活躍するプロ中のプロ。通訳の卵たちが奮闘する現場を訪ねた。

「現地アメリカからはこちらです」何と訳す?

「訳すときは字面だけで考えないで、場面を思い浮かべて適切な表現を探しましょう」

受講生の読み上げた英訳に講師の田村先生が次々とアドバイスしていく。これは上智大学で開かれている「日英通訳入門(上級)」の一コマ。通訳育成のプロとしてだけでなく、現役ベテラン通訳として活躍する田村先生の指導は実践的だ。

講義の会場はCALL教室。CALLとは Computer Assisted Language Learning の略で、コンピュータを通して配信される発音や映像で外国語を学ぶシステムだ。受講生の机には1人1台のパソコンとマイク付きのヘッドホンが備えられる。題材となる日本語の映像を短く区切りながら流し、その区切りごとに受講生はマイクに向かってブツブツと英訳をつぶやく。一人ひとりの音声が先生の手元で録音される仕組みだ。

それを何度か繰り返し、ひとまとまりの場面が終わったところで、先生が受講生の英訳を全員に聞かせながら、言いよどんだ箇所を取り上げ、よりよい訳へのヒントを示していく。

この日のテーマは政治。トランプ大統領が当選し、世界中に大きな衝撃が走ったことを取り上げていた。司会者が米国の映像を流す際に言う。「現地アメリカからはこちらです」。一見簡単な表現だが、場面に合わせて的確に訳そうとすると、案外スッと出てこない。

適切な訳が見つからない様子に、「『こちらです』の真意をよく考えてみて」と促しながら、受講生に次々と訳を聞いていく。そうやって最後に出てきた訳は
Now in the United States, this is what’s happening.」。

田村先生は決してはじめから「正解」を教えることはない。「通訳に唯一無二の正解はないんです。示された答えを覚えるのではなく、ふさわしい表現を考える力を身につけてほしい」からだ。

日英通訳入門講師の田村智子先生

通訳がうまくなるコツは、英語力ではなくて……

考える道筋のヒントとして、田村先生が強調するテクニックは、言葉の「機能」を見極めること。日ごろ何気なく使っている言葉も、必ず何らかの機能を持っている。例えば、感謝、紹介、承諾、確認、謝罪、挨拶などという具合だ。こうした機能に無頓着なままでは、いくら日常会話は流暢な人でも、通訳として場面に合った英文をつくれない。

たとえば「ご面倒をおかけしました」といっても、あるときはお詫び、またあるときはお礼の意味がある。前者であれば英語では「We’d(あるいは I’d)like to apologize for …」、後者であれば「Thank you very much for …」となる。

ほかには「よろしく」といった表現も難しい。曖昧で深い意味はないことを自覚しながら使っている人も多いだろう。例えば「会議室の予約をよろしくお願いします」という表現が担う機能は「依頼」だ。それがわかれば、「よろしくお願いします」を「予約していただけますか」と置き換えることができる。そうなって初めて、「Could you reserve the conference room?」という訳を選べるわけだ。

つまり、聞いた日本語をいきなり英語にするのではなく、わかりやすい日本語に変換するプロセスが必要。田村先生はこれを「再加工(リプロセシング)」と呼んでいる。プロの同時通訳者なら、頭の中で一瞬のうちに行っているのだとか。

空気を読むクセのある日本人は玉虫色の表現を使いがち。それをそのまま英語にするのは至難の業だ。日英通訳を目指すなら、英語力もさることながら、曖昧な日本語をわかりやすい日本語に「訳す」必要がある

〔講師の今日イチ〕訳をみんなに聞かれるのは、自分の声が「パブリック」になること。そこに慣れると「もっとうまく訳したい!」と意欲が湧く

田村智子
たむら・ともこ 上智大学公開学習センター講師、通訳案内士。英語教育、ビジネス会議・交渉英語の指導、通訳(同時通訳・逐次通訳等)の訓練、英語圏の大学・大学院への留学準備の指導等を行っている。『アメリカでホームステイする英語』(南雲堂)、『同時通訳が頭の中で一瞬でやっている英訳術リプロセシング』(三修社)ほか多数。

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◆取材講座:「日英通訳入門 上級」(上智大学公開学習センター)
文・写真/小島和子 写真/小島和子(講義風景)