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“褒められたい人”はカウンセラーに向かない

悩みの多い現代に、たいへん人気の高い資格が臨床心理士だ。(財)日本臨床心理士資格認定協会の認定を受けた心理専門職で、教育や医療・福祉の現場や企業などでカウンセラー・セラピストとして悩む人の支援を行っている。また、今年9月15日には公認心理士法が施行され、来年には初の国家資格としての公認心理士試験が行われる予定だ。ますます人気を博すであろう心理士。そこで国際医療福祉大学大学院教授で家族療法の第一人者である亀口憲治先生に、心理士を目指す人が持つべき心構えについて訊ねた。

カウンセリングは30分話を聞いてからが勝負

亀口先生は国際医療福祉大学大学院教授として後進を育てながら、自らも臨床心理士として日本人の心理に合った療法の開発を研究、実践している(亀口先生が開発した技法のひとつである“軽量粘土対話法”については「引きこもりや家庭不和に粘土を使った心理療法を」参照)。

新しく国の認定心理士資格が出来、ますます人気が高まるであろう心理士について、求められる心構えなどを訊ねたところ、亀口先生は一言、「ほめてもらいたい人は向きません」と言う。

「かつて『3時間待ちの3分診療』という言葉がありました。しかしカウンセリングに50分、60分かかるのは普通です。だいたい30分くらいクライアント(患者)の話を聞いたあとに、ようやくいろいろなことが出てくる。勝負は30分から先なんです。この時間に耐え、そして沈黙に耐えなければなりません」

自己満足の助言でごまかしてはいけない

「なぜカウンセラーが沈黙に耐えるのが苦しいのか。それは、カウンセラーが自分で、『こんな長時間黙っているだけでは無駄ではないだろうか』と思うからです。

クライアントは悩みを抱えているはずなのに黙っている。手ごたえがない。ひょっとしたらクライアントも『このカウンセラー、何もしてくれないじゃないか』と思っているかもしれない、とカウンセラーが思ってしまうこともあるのです。

そこで、『こんな本がありますよ、参考になりそうですよ』といった知識や情報をいろいろと与えたくなってしまいます。しかしそれは、クライアントのためではなく、カウンセラーが『役に立つことをした』と思いたいための自己満足の助言です。あるいは『私はちゃんと自分の仕事をしましたよ』という言い逃れ、保身とも言えるでしょう(「悩める人には「助言」より「黙って聴く」方がよい?」参照)

本当に求められているのは、『私はあなたのために私の時間を進んで提供している』『今こうして沈黙が続いているのは無駄ではないのだ』と思える強い心、そしてそれをクライアントに伝える力です。なので、褒められたいとか、感謝されたい、という気持ちが強い人は、カウンセラーに向かないのです」

まだまだ誤解が多い心理療法

「また、カウンセリングには相手の立場に立つことや、相手だけではなく自分をも客観的に観察する力が要求されます。自分は他人から見てどんな人間に見えるのか、と自己を客観視できる能力も、カウンセラーには求められます」

亀口先生は、心理という見えないものを扱うのが心理療法だけに、誤解されることも多いという。

「形がないものを扱うのが心理学です。形がないものであることが、国家資格ができるのが遅れた理由のひとつです。心理療法は戦後、理学療法や作業療法などとともに欧米から入ってきました。しかし、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)の国家資格が1965年に認定されたのに比べて、50年も遅れてようやく国家資格となったのです」

うつや不登校など心の問題があちこちで起きている現代、学校ではスクールカウンセラー、企業では産業カウンセラーが欠かせない。なぜ今まで心理士が国家資格出なかったのか不思議だったが、ようやく理解できた。さらに亀口先生は、現代の心理療法の基本的立場である“傾聴”についても多くの誤解があると言う。

「“傾聴”では、クライアントとカウンセラーが黙ったまま向かい合っている時間があります。それこそ5分10分沈黙したままでいる。これを非生産的で無駄なことだと見る人もいます。でも沈黙の中にこそ意味があることがある。カウンセラーはこれに耐えなければならないのです」

日本には心理メニューが少なすぎる

また、クライアントである私たちの側にも問題がある。カウンセリングに気軽に行けない、カウンセリングを受けていると大っぴらに話せない、そうした偏見が多くの人の心にまだある。

「心の悩み、夫婦や家族の悩みを解決するというのはとても大事なことなんです。カウンセリングを受けるなら、絶対に悩みが浅いうちがいい。しかし日本では苦しみぬいてからやってくる。心理療法側も、もう少し日本人に向く療法や技法を開発する必要があるし、ユーザー側がチョイスできるよう、メニューを提示したほうがいい。しかし、まだそこまでには至っていません。

心理というのは、ごく普通の人のマーケットなんです。デパートにカウンセリングコーナーができて、ちょっとした悩みを誰もが簡単に解消できるようになれば、時代が変わってくると思います」

心理学の知識をもっと応用してほしい

今回のインタビューは、亀口先生が講師を務める国際医療福祉大学大学院公開講座「ストレス時代を生き抜く知恵と工夫」の後に行った。亀口先生は、「カウンセリングが怖ければ、こうした講座に来るだけで気持ちの整理ができて気づきが得られる」と語る。たしかにそのとおり、臨床心理をちょこっと学ぶだけで、いま目の前にある人間関係の改善のヒントも得られることに気づいた。

精神分析学で知られるフロイトは、今までの精神科医が患者と向かい合っていたのに対し、患者を寝椅子に座らせてリラックスさせて、その背後から話を聞いたという。視線をずらすことで相手の緊張感を解き、打ち明けやすい態勢としたのだ。

思わず「これは上司と部下との話の時にも応用できそうな気がします」と亀口先生に話したところ、面接方法でも、向かい合わずに横に座って、二人で壁を見ながら話すというやり方もあると教わった。知識は力になる。現代人にとって心理学は必須の学問となりそうだ。

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◆取材講座:「ストレス時代を生き抜く知恵と工夫」(国際医療福祉大学大学院・乃木坂スクール)

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取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)写真/(c)Photographee.eu/ fotolia