裏切られて傷つくのは正しいこと
神奈川大学の人気講座『大人の人間関係論 part2』は、受講生の質問に答える形で始まる。その日の質問は、「裏切られても上手に心をコントロールする方法、傷つかない方法を詳しく教えてください」。講師である杉山崇神奈川大学人間科学部教授はこう答えた。
「人は相手に期待するとき、その部分を自分の拡張物だと思い込んでしまう性質があります。つまり自分とは、自分の体、自分の持ち物、自分の拡張物も含めての自分なのです。そのために信頼できる友人や家族に裏切られたとき、自分の一部をもがれたように感じるのです。
たとえば失恋や相手の浮気であれば、相手が失われただけでなく、相手と一緒にいる自分、相手と一緒にいるはずの未来、そういったものまで失恋した瞬間、失われていく。この時に痛みを感じないというのは無理。だから、傷ついてしまうというのは正しいことだと思ってください」(杉山先生。以下「 」内同)
「こだわっていても何もよいことがない」と
ではどのようにして心に受けた傷から立ち直っていけばよいのだろうか。
「私たちが傷つくのは、『それにこだわっていてもいいことが何もない』ということを確認するために傷つくのだと、フロイトは考察しています。だからこだわらないのが一番なのですが、それができないから苦しいのですよね。
傷つき、そして立ち直っていくプロセスを知っていると、少しは冷静に対処できるようになります」
そのプロセスは、『否認』→『混乱』→『抑うつ』→『受容』だという。
ループを繰り返してしまう苦しみ
「最初は『信じられない!』と誰もが『否認』をします。これが長引けば長引くほど苦しみです。次に『なぜ……』と『混乱』します。元の信頼関係を取り戻そうとしてわけのわからないことをすることもあります。
そして現実が見えてくると、落ち込みます。これが『抑うつ』です。そして落ち込んだ末に、やっと受け入れること(『受容』)ができるのです」
しかし杉山先生によれば、多くの人は『こんなのウソだ。何かいい方法があるはずだ』と、『否認』→『混乱』→『抑うつ』のループを繰り返してしまうという。
「しかしそうしていると、いつまでも苦しみから脱することはできないのです」
できることを考える
では、そのループから脱するにはどうしたらよいのか。そのひとつが、誰かに相談して共感してもらうことであり、また、できることを考えることだという。
「人は味方になる人がいると安心感回路が働いて、痛みを感じにくくなります。痛みが薄らぐと、少しずつこだわらなくなります。何かにこだわらなくなると、できることを考え始めます。
脳の仕組みで、できることを考えることは、苦痛を緩和するのです。できることを考えると悶々としていた気分がすっきりする、というのは、脳が苦痛を緩和し始めたということです」
出会いをなかったことにする
思いきって、出会わなかったことにしてしまうという手もあるという。その参考になるのが、フレデリック・パールズ(1893-1970年)という心理療法家が作った『ゲシュタルトの祈り』という詩だ。
『ゲシュタルトの祈り』
私は私のことをし、あなたはあなたのことをする。
私はあなたのためにこの世にいるわけではないし、
あなたも私のためにこの世にいるわけではない。
あなたはあなたで、私は私。
もし偶然に出会えたら、それはすばらしいことだけれど、
もし出会えなかったとしても、それはそれでしかたのないこと。
「私とあなたが出会ったことは素晴らしいこと、そして出会わなかったことも同じように素晴らしいこと。出会わなかったことも幸せと思うことで物の見方が変わるのです。
この人とは出会わなかったことにしよう、とすればいいのです」
人間は嫌な記憶ほど忘れないという。記憶からその人のことがどうしても消えなくても、『もし出会えなかったとしても、それはそれでしかたのないこと』と心の中でつぶやいてみよう。執着がすうっと消えていくかもしれない。
すぎやま・たかし 神奈川大学人間科学部教授、心理学者
1970年山口県生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科にて心理学を専攻。医療や障害児教育、犯罪者矯正、職場のメンタルヘルス、子育て支援など、さまざまな心理系の職域を経験、脳科学と心理学を融合させた次世代型の心理療法の開発・研究に取り組んでいる。臨床心理士、1級キャリア・コンサルティング技能士。『ウルトラ不倫学』『「どうせうまくいかない」が「なんだかうまくいきそう」に変わる本』等著書多数。
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取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)