木を大切にしているつもりで、じつは傷めつけている
舗装された道路を歩いていて転んだ経験はないだろうか。ちゃんと舗装されているはずの歩道がなぜかふくらんでいて、ズッテーンとハデに転んだことが記者には何度もある。その原因はたいてい、木。正確には、歩道のアスファルトをつき破るかのように押し上げ、ギリシア神話の見るものを石に変えてしまう怪物・メデューサの髪のようにうねうねと張った、街路樹の根っこだ。今まではついつい根っこに八つ当たりをしてしまっていたが、堀大才先生(東京農業大学非常勤講師、NPO法人樹木生態研究会代表)によれば、それは人間が木を傷めつけた結果なのだという。
「街路や公園の地面は、きれいに整えられているように見えますが、森の中とちがって土が固いのです。また、ブロックなどで囲んだりもしますし、落葉もゴミ扱いされて清掃されてしまう。しかし、土壌が踏み固められると根が露出してくるんです。木の根はどんどん太くなるのに、街路や公園の土は固いから、下のほうに潜れない。しかも木々が隣り合って植えられているから、互いに根がぶつかって、互いの根を乗り越えようとする。それで根が地上に出てくるんですね。こういううねうねとした根があれば、土が固くて下にもぐれないんだな、と思って間違いありません」
木はほんとうは地面深くにしっかりと根を張りたいのだ。なのに土がかたくて思い通りにいかない。ふかふかの布団代わりの落葉もゴミと同じような扱いですぐに掃除されてしまう。造成された公園などでは柔らくて空気があるのは表面近くだけのことも多い。それで、あんな風に根を浮き上がらせて伸ばすしかなくなる。
「身近に樹木があるのとないのとでは、景観だけではなく、生態系や文化面でも大きな影響が出ます。人間と木は共存していかなければいけない関係なのです。なのに、樹木のことを理解せず、樹木は厄介者扱いです。樹木があることで木陰ができ、灼熱の都会にオアシスを形成してくれているのに、街路樹を剪定するのはだいたい夏。その理由は、伸びて電線に触れそうだから、台風シーズンに倒れると厄介だから、秋になると落葉清掃が大変だからその前に、といった具合です」
堀大才先生(70才)は、樹木の診断・治療を行う樹木医制度を立ち上げた人である。大学で土壌学を学び、卒業後は日本製紙連合会の林材部に就職。山林や森林資源などに関わる仕事に3年近く就いた後、転職して一般財団法人・日本緑化センターの設立に参加した。
「製紙というのは、突きつめれば木を切る仕事。それに気づいたら、自分は樹木を守って緑化する仕事がしたいと思ったんです。樹木は人間にとって必要不可欠な存在なのに、現代では動物などと比べても一番弱い立場に置かれている。樹木について常識と思われていることには間違いもたくさんあり(これまでの記事を参照)そういった誤解や矛盾を少しでもなくして、正しい情報や知識を広めたい。そして、木をきちんと保護できる社会を作るのがこの講座の目的です」
まさに樹木愛に満ちた話。講座の内容は今までの記事をお読みいただきたいが、すでに記事にした以外にも、「えーっ、知らなかった!」と叫びたくなるようなとってもおきの話がいくつかある。番外編として、次に紹介しよう。
海辺の松を枯らす原因は潮風だけじゃない
堀先生によれば、松は光が大好きな樹木だという。しかも大変丈夫な樹種らしい。もともと常緑樹と落葉樹では、葉っぱの質が違うという。落葉広葉樹の葉っぱがせいぜい半年くらいの寿命なのに対し、常緑樹の葉っぱは5年くらいもつ。この違いをもたらしているのは、葉っぱのクチクラ層という組織だ。椿や松の葉っぱは、まるでロウに覆われたようにテカテカしているが、あれがクチクラ層。このクチクラ層は灼熱の太陽光にも負けず、少々潮風が吹いても、びくともしない。ではなぜ海辺の松が枯れるのか。
「海辺の松が部分的に枯れることがあるのは、潮風と一緒に砂が飛ぶからです。砂で葉っぱのクチクラ層が傷ついて、そこに塩分が入ってくる。塩分が入ると“青菜に塩”の状態になって、浸透圧の関係で水分が抜けて枯れていく。しかし一部は枯れてもさすが松は松。先端が枯れてもすぐにその下にある枝が持ち上がって、その枝が新たな幹になろうとするのです」
一度沸騰させた水に枝をさすと
次のとっておきの話は、同じ木でも、乾燥した尾根に立つものと、湿気のある谷に生えるものでは姿が違ってくるということ。
尾根という場所は、しょっちゅう風が吹いているから、尾根の木は風の影響を受ける。しかも、ただでさえ谷より乾燥しがちな地形なのに、風のためにさらに水分が蒸発するので、尾根の木はつねに乾燥にさらされることになる。
堀先生によれば、風と乾燥という条件の下では、上長成長が抑えられるととともに、根が猛烈に発達するという。その時に働く植物ホルモンがエチレン。エチレンは実を熟成させたり、落葉させたりする働きをもち、私たちもスーパーなどで「エチレンガス吸収」と書いた野菜保持袋を目にすることがあるはずだ。
「エチレンは、木の地上部の成長を抑えるんですが、木の地下部では逆に根の成長を促進させるんです。乾燥というのは植物にとってものすごいストレス。ストレスが強いところでは、そのストレスに対処するためにエチレンが生成されます。結果として、ものすごく根系(こんけい)が大きくなります。
たとえば砂漠の木はどれくらいの根を持つかご存じですか? 私はアフリカでアカシアを観察したことがあります。オーストラリアも乾燥している地域ですが、そこのアカシアとも違って、アフリカのアカシアは落葉性でトゲだらけです。雨季に葉っぱをつけて、乾季に葉っぱを落とす。雨季といってもスコールなので、日本の梅雨のようにずっと雨が降るわけではない。そして乾季の約半年間はほとんど雨が降らないんです。そうすると、ものすごく根が発達する。樹高はせいぜい10mくらいなんですが、調べた話によると、根は50mも広がっていたそうですよ」
一方、谷に生える木は、尾根よりも背丈が高くなるという。水分も十分にあるし、乾燥もしないし、風も弱い。
最後に堀先生は、水分について、私たちが知っておきべき知識を教えてくれた。
「谷がよいのは、水が集まってしょっちゅう動いている場所であることもあります。水がいつも流れていれば、その中にはふんだんに酸素が含まれる。酸素が含まれていない水は、植物は利用できないのです。だから一回沸騰させた湯冷ましに枝をさしても、すぐ枯れてしまいますよ」
講座にはまだまだたくさんの「とっておきの話」が語られた。淡々と穏やかに語りながらも、どの話にも樹木を思うめちゃくちゃ熱いハートが感じられる。なんと樹木というのは人間的なものなのだろう。これから樹木を見るたび、堀先生の解説を何度も思い出すことだろう。樹木とともに生きる喜びを味わいながら。
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樹木医や植木職人、農業高校の先生などが集まる、かなり専門的な講座ではあるが、樹木愛ひと筋の講師の話は聞きどころ満載。
取材講座:「樹木の形を読み解く」(東京農業大学オープンカレッジ・世田谷キャンパス)
文/まなナビ編集室 写真/まなナビ編集室、(c)Gabriele Maltinti / fotolia