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英語にしたら見えてくる「落語とはなんだろう」

鹿鳴家英楽・かなりえらく先生

講師の鹿鳴家英楽(かなりやえいらく)先生

「英語で落語」と聞いて驚いた。駄洒落の妙や粋な世界を、どう英語で伝えるのかと。しかし、講座を実際に聞いてみると、英語の世界と落語の世界、絶妙な化学反応が、新しい笑いを生み出していた。

英語で語る落語とは

「英語の落語といっても、まったく難しくありません。楽しんでもらえると思いますよ」(鹿鳴家英楽・かなりやえいらく先生、「」内以下同)

と話すのは、講師の鹿鳴家英楽先生。上智大学卒業後にテンプル大学大学院を修了しており、英語は当然ペラペラ。立川談志に強い影響を受け、落語立川流に参加した経験もある。神田外語大学、駒澤大学で非常勤講師を勤めており、自身もキャナリー英語落語教室を主宰し、英語落語の普及に進めている。いわば英語と国際文化の専門家だ。

笑える噺と泣ける噺

講義は落語の分類から始まった。

「まずは英語の落語を聴く前に、これくらいは押さえていただきたい、落語の基礎です。

落語には大きく分けて、〈古典落語〉と〈新作落語〉があります。そして、もうひとつの区分として、〈滑稽噺(こっけいばなし)〉と〈人情噺〉があります」

ざっくり言えば、〈古典落語〉は昔の噺、〈新作落語〉は今の噺。そして〈滑稽噺〉は笑える噺、〈人情噺〉は泣ける噺。

落語は主に、以下の4パターンに分類できるという。
古典の滑稽噺→つる、からぬけ、粗忽(そこつ)長屋、子ほめなど
古典の人情噺→芝浜、文七元結(ぶんしちもっとい)、子別れ、火事息子など
新作の滑稽噺→親の顔(立川志の輔)、忘れ物取扱所(桂文枝)など
新作の人情噺→歓喜の歌(立川志の輔)、布哇(ハワイ)の雪(柳家喬太郎)など

講師の鹿鳴家英楽(かなりやえいらく)先生の講座風景

吉原は赤線地帯と訳してはいけない

落語のひとつの特徴として、「吉原」をテーマにしたものがあるが、これを英語落語に翻訳するときには特に注意が必要と、講師は真剣な顔つきで語る。

「吉原をテーマにした噺を、〈廓噺(くるわばなし)〉と呼びます」

具体的には以下のような噺だ。
文七元結、明烏(あけがらす)、辰巳(たつみ)の辻占(つじうら)、五人廻し、お見立て、二回ぞめき、幾代餅(いくよもち)、品川心中。

「英語落語を翻案する際、吉原、遊郭という言葉をどう英語に訳するのかが大きな問題となります。絶対にやってはいけないのが、Red-light district、つまり赤線地帯という翻訳。これでは当時の吉原のことが間違って伝わります」

講師の表情は真剣だ。廓噺を英語にする時に、間違えると「吉原が粋な場所である」というニュアンスが失われてしまう。それを何より避けないと、落語の心が外国に伝わらなくなるということなのだろう。


Pleasure Quarter
Entertainment District
(いずれも歓楽街)
というような英語を使うといいという。

当時の吉原には、流行の先端、ファッションの発信地、というようなニュアンスが必要です。なので、遊郭をBrothel(売春宿)と訳すのも勧められません。個人的にはTea houseという訳がいいと思います」

同音異義語が日本語は多く英語は少ない

落語という一人語りで、何人かの出演者を身振りで分けながら伝える、そして噺にオチがあるという形式は、世界で例を見ないもの。これは日本独特のものだという。

英語落語をつくり出す際には、言葉の壁を越えて、落語が生み出す笑いや感動を伝えなくてはならない。自然と、落語とは何か、という根本的な部分を掘り下げる作業になり、これは単純な翻訳とはまったく違うことになる。

「日本のジョークはダジャレが中心で、これを〈地口(じぐち)〉と呼びます。同音異義語が日本語は多いので、地口のギャグは作りやすいんですね。ところが、英語の場合には、同音異義語が少ないので、地口のギャグはつくりにくいんです。ここが大変です」

当たり前のことだが、日本語の地口のギャグは、そのままでは翻訳できない。 英語圏の人にわかるようにして、英語圏の人に笑ってもらえるような英語のギャグを新たに作り出して、置き換えの作業をしないと、英語落語は成立しないということだ。

講師の鹿鳴家英楽(かなりやえいらく)先生

難しい英語圏での地口オチ

まず、英語での数少ない地口ギャグの例を挙げる。

「マイクロソフトがウィンドウズ10を出したんだってねぇ」
「そうなんだけど、ウィンドウズ9ってのは、一体どこに行っちゃったんだよ」
(実際にウィンドウズ9というのは出されず、「8」の次は「10」)
Seven eight (ate) nine.
(セブンがナインを食っちゃったンだろ)

日本語の地口を英語に訳す場合には、工夫が必要だ。たとえばお菊が皿を数える場合は──

日本語「1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、……18枚、おしまい」
翻訳「One dish,two dishes,three dishes,……18 dishes,and finishes

「日本語版が『~まい』と脚韻を踏んでいるところを、どう翻案するか。英語版では『おしまい』を『finishes』として『~shes』で脚韻(きゃくいん)を踏んでみました。これはまずまずうまくいった例ですね」

英語原作にないオチをつくり出す オチのない話にも、落語にする場合にはオチをつけなくてはならない。

「数年前、神津友好さんの新作落語を参考にして、ハムレットを英語落語にしました。有名なセリフ『To be or not to be,that is the question』(このままでいいのかいけないのか。それが問題だ)と音が似ている言葉をオチにしています」

ネタバレになるので、英語落語「ハムレット」のオチは省略するが、似た例を挙げるなら、イギリスのロイヤルシェークスピアカンパニーの販売してる鉛筆の硬さ表記に「2B OR NOT 2B」と書いてあるようなもの。(コチラのHP参照)

ちなみに、講師が日本の新作落語を英語にしたものは以下のような例がある。

Something like a bar(立川志の輔作・バールのようなもの)
Ode to joy(立川志の輔作・歓喜の歌)
Snow in Hawaii(柳家喬太郎・布哇(ハワイ)の雪)

また、講師が古典落語を英語落語に翻案したものは以下のような例がある。
Scary Hamburgers ハンバーガーこわい(まんじゅうこわい翻案)
Time Burger 時バーガー(時そば翻案)
Milk Corporation ミルク公社(ぜんざい公社翻案)

「まんじゅうこわいも、まんじゅうでは英語圏の人たちには伝わらない。だったらどうするか。その国の人たちが身近に思っている食べ物と置き換えることで、笑いが伝わりやすくなります」

ハムレットの悲劇を庶民の感覚で

講師がめざしているのは、日本の落語を世界に伝えること。そして、落語という形式でなければ伝わらないやりかたを、それぞれの土地で根付かせたいということのようだ。

「まず、日本の落語を英語にして、世界に紹介したいと思います。そして、世界のさまざまな噺を落語仕立てにして、その国でも演じてみたいですね。 落語という世界に例を見ない形式の芸を、英語にして伝えると、日本語の世界ではわからなかった落語の特殊性がくっきりと見えてきます」

実際にこの日は「Snow in Hawaii」と「Hamlet」のふたつが実演された。

「Hamlet」は普通に演じれば2~3時間かかる演劇だが、英語落語版のハムレットはわずか10数分。ハムレットが父の亡霊と語り、毒入りの酒を飲まされそうになるところまでを超短縮でざっくり演じる。ハムレットの時には左上に目線を送り、父の亡霊を演じる時には膝立ちになり、両手を前に指先を下げる幽霊のポーズで右下を見る。親子の会話の密度の高さを感じるのは落語ならではの技だろう。

話の最後には、「そう来たか!」と思わず笑ってしまうダジャレ(地口)オチ。ハムレットという高尚なはずの悲劇を、庶民の感覚で捉えるとこうなるという、落語らしさの真骨頂だ。

「Snow in Hawaii」は、柳家喬太郎の新作落語「布哇(ハワイ)の雪」。病気になった昔の恋人に逢いにハワイに行くという不思議な状況の噺だが、これは高座に立った落語家が、お客さんから3つ、お題を出してもらい、即興で語る「三題噺」の形式で作ったもの。

「ハワイ」「八百長」「雪」という題で作られたもので、これは人情噺。ところどころに笑いを入れながらも、最後にはしっかりと泣かせる名作で、英語が苦手な記者はネットに上がっている日本語版を予習していたので、英語でも噺の中に没入して楽しめた。

英語だけで演じられる落語だが、演者の身振りや手振りなどで、とてもわかりやすくなっており、これは英語の勉強にもなった。

Profile●鹿鳴家英楽
かなりや・えいらく 神田外語大学、駒澤大学講師。キャナリー英語落語教室主宰。愛知県生まれ。上智大学外国語学部卒業、テンプル大学大学院卒業修了。教育学修士。落語立川流に参加。国連英語検定特A級などを取得。キャナリー英語落語教室はコチラ。http://canary.justhpbs.jp/

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