いきなりクイズで始まる「意志決定の落とし穴」
関西学院大学のファイナンス連続セミナー講座「意志決定の落とし穴」は、クイズから始まった。
Q1 あなたは、次の(A)(B)どちらを選びますか?
(A)1年後、10,000円を受け取る
(B)1年と1週間後、12,000円を受け取る(2,000円のために1週間余分に待つ)
Q2 では次の(A)(B)なら、どちらを選びますか?
(A)今日、10,000円を受け取る
(B)1週間後に12,000円を受け取る(2,000円のために1週間余分に待つ)
この質問を投げかけた池田新介先生(大阪大学社会経済研究所教授)は、行動経済学の第一人者のひとりである。さて、Q1とQ2の回答は、どんな組み合わせになっただろうか。
どちらも、1週間待てば2,000円多くもらえるという条件は同じだ。違うのは、現在の話なのか、未来の話なのかだ。
双曲的な相手との結婚は考え直したほうがいい?
じつは、Q1で(B)を、Q2で(A)を選ぶ人のほうが多いのだという。実際に教室で挙手をして数をかぞえても、そういう人のほうが多かった。1年後に1週間待てない人よりも、今、1週間待てない人の方が多いのである。遠い先の話なら待てるけれど、間近になると待てない。これは不合理である。
このように、Q1で(B)を、Q2で(A)を選ぶような不合理な選択をする意思決定上のバイアスを、「双曲割引」もしくは「現在バイアス」という。
「双曲割引」の傾向を持つことを「双曲的」というのだが、双曲的な人は、ちょっと注意した方がいい。双曲的な人ほど負債が多いというデータがあるのだ。そういう人々は多額のクレジットカードの負債を抱えていたり、借り入れ申し込みを断られた経験がずば抜けて多く、所得よりも負債の方が多かったり、消費者金融に借り入れをした経験も高かったりと、結構厳しいデータが出ている。
パートナーが双曲的だと、将来(または現在)負債を抱える可能性が高い、つまり結婚相手としては少々危険だということがわかる。……こんな簡単な2つの質問で! ではその場合、結婚を考え直した方がいいのだろうか。
大丈夫、その人の性向を変える方法がある。自分が双曲的であると意識することによって、そのリスクがかなり軽減されるというのだ。
たとえばクレジットカードで負債を負っている割合は、双曲的でない人は7%だが、双曲的な人は12.5%と倍に近い数に跳ね上がる。しかし双曲的であってもそれを認識している人は7.3%と、双曲的ではない人とほぼ同率にまで下がるのだ。他の項目、たとえば借金などについても同様の結果が出ており、自分が双曲的であると意識しているかどうかが重要なのだとわかる。
値下がり株はなぜか売る決断がつかない
行動経済学は、このように私たちが経済的な意志決定をする場合に、間違った選択をしないように導いてくれる学問ともいえる。この日、とくに心に刻まれた言葉は、「損失感は利益感よりも強いため、損失を忌避して不合理な行動をとる」ということ。
株でもFX(Foreign exchange 外国為替保証金取引)でも、およそ投資と名のつくものはすべて損切りのタイミングをとらえることが大切だが、この損切りを先延ばしする傾向を多くの人が持っている。
具体的には、値下がり株をなかなか売却することができず、逆に、値上がり傾向にある株を早く売りがちなのだ。思い当たるフシがある人は多いだろう。また、悪い情報(見たくないもの)は見て見ぬふりをする「ダチョウ効果」も、行動経済学ではよく使われる言葉だ。
このように一見矛盾した行動をとってしまうのには、脳の2つの処理システムが関係しているという。ひとつは報酬や感情に反応するシステム1(大脳辺縁系)、もうひとつが高度な認知判断にかかわるシステム2(前頭葉・頭頂葉)だ。このうちシステム1が錯覚を起こしやすく、感情的印象を優先してしまうという。
しかしこれらの直観的・反射的・情動的なシステム1こそが生存本能や遺伝子継承に重要な部分を担っているというのだから、人間である以上は、生涯この不合理と付き合っていかなければならない。そして、こうした人間の行動特性を理解することは、自分が失敗や後悔をしないためだけでなく、さまざまなマーケットでの販売宣伝戦略にも役立つのである。
そこに、行動経済学を学問として学ぶ大きな意義がある。
取材講座データ | ||
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「意思決定の落とし穴」 | ファイナンス連続セミナー2017 | 2017年2月28日~3月13日 |
2017年3月3日取材
文/和久井香菜子 写真/Adobe Stock
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