廊下でぶつかりそうになったらどうする?
たとえば、狭い廊下で向こうから人がやってくる。このままだと鉢合わせしてしまうから、右か左、どちらかによけなければならない。
ゲーム理論は、こうした面倒くさい状況を、数学を使って分析し表現するものだ。そこに必要な3要素が〈プレイヤー〉〈戦略〉〈利得〉。これを用いて物事を単純化し〈利得表〉にまとめてよりよい戦略を考える。ではこの状況を〈利得表〉にしたらどうなるか。
ここでは〈プレイヤー〉は自分と相手、〈戦略〉は右によけるか左によけるか。そして〈利得〉については、お互いが右あるいはお互いが左によけてうまくすれ違えたら5点、片方が右、もう片方が左によけたりしてぶつかると-2点とする。こう仮定した時〈利得表〉はこうなる。(本来の利得表よりやや丁寧な記述にしています。以下同)
自分\相手 | 右によける | 左によける |
右によける | 自分 5点 相手 5点 |
自分 -2点 相手 -2点 |
左によける | 自分 -2点 相手 -2点 |
自分 5点 相手 5点 |
こうなる。こうした状況は、「私は右に行くからあなたも右に」「あなたは左に行くから私も左に行きます」などと調整がつけばそれから外れることはない。外れても何一つよいことなどないからだ。こうした話し合いが有効なゲームを『調整ゲーム』という。
相手が「俺は折れない!」と言い張ったら
しかし、よけたら負け、となったらどうなるのだろう。
お互いに直進するとぶつかってしまう。この場合の利得は-5点とする。それを避けるためにどちらかがよけると、よけた方は-2点、直進できた方は5点とする。もしかしたらお互いにぶつかるのを嫌がって、両者とも回避するかもしれない。そうしたら両者に1点ずつ入るものとする。その〈利得表〉はこうなる。
自分\相手 | 直進する | 回避する |
直進する | 自分 -5点 相手 -5点 |
自分 5点 相手 -2点 |
回避する | 自分 -2点 相手 5点 |
自分 1点 相手 1点 |
これを見るとわかるように、お互いが譲らずに直進してぶつかると、最悪の結果を招いてしまう。どちらかが自分から折れて負けるしかない。こうしたゲームを、弱虫をチキンと呼ぶことから、『チキンゲーム』と呼ぶ。
映画『理由なき反抗』で行われたチキンレースがそれだ。崖に向かって一斉にバイクを走らせ、崖ギリギリまで行った方が勝ち。先にブレーキを踏んだら負けになる。お互いにアクセルを踏み続けて崖から落ちてしまえば大惨事。要するに意地の張り合いとなる。
このチキンゲームで、アドバンテージを取る方法がある。それが、「俺は絶対に回避しないで直進する。その証拠にハンドルを固定して直進しかできなくしたぞ」と先に宣言してしまうことだ。つまり自分の覚悟を相手に見せてビビらせる戦略、これが「先手コミットメント」だ。
こうなると相手は、自分も直進してぶつかって-5点か、回避して-2点か、この2択しかなくなる。こうしたことは国家間でもよくあることだ。国家のメンツと国家のメンツがぶつかりあって、引くに引けない状況となったとき、どうすればよいのだろうか。
チキンゲームでは相手に先手コミットメントを取らせるな
大浦先生は受講生に、こうしたピンチを乗り越える戦略を尋ねた。すると、「自分と相手で交互に直進(5点)と回避(-2点)を繰り返していけばよいのではないですか」との答えが出た。
つまり勝ちっぱなしなのではなく、自分が最初勝ったら次は相手に花を持たせて勝たせる、それを交互に繰り返すことで、限りなくお互いの点数を近づけていくという戦略だ。
じつは、こうしたチキンゲームで「先手コミットメント」が有効なのは最初の1回限りだ。2回目となると、相手も「先手コミットメント」をしてくる可能性があるからだ。大浦先生は「先手コミットメント」は決して勧められた戦略ではないという。しかし相手にこうした先手を取られないようにするために知っておかねばならない戦略であるという。
つまり、チキンゲームのような互いの意地の張り合いから大事になりそうになった時は、注意して相手に先手コミットメントをとらせないようにし、互いに勝ち負けを譲り合えるような道を模索する、ということが最もよいということだ。
典型的なチキンゲーム、キューバ危機
その一例として、大浦先生はキューバ危機の例を挙げた。キューバ危機とは、冷戦真っただ中の1962年、ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設したことから、アメリカがカリブ海を海上封鎖し、一挙に東西緊張が高まって核戦争寸前の状況まで陥ったものだ。
「キューバ危機は典型的なチキンゲームでした。 チキンゲームではどちらかが折れるしかないのですが、キューバ危機では一応ソ連が折れてアメリカが勝ったことになっています。 でもじつはアメリカは裏でソ連に花を持たせています。
キューバ危機の半年後、アメリカはソ連の南に位置するトルコに配備していたミサイルを密かに撤去しています。それが、アメリカとソ連の利得の差を埋める手続きだったのです。
このようにチキンゲームであっても、それを繰り返すことによってお互い得をするように持っていくことができる。このようにゲーム理論で国際政治の動きも読み取れるわけです。そういう頭で見ると、また見え方が違ってくるということです」(大浦先生)
自分は今、何のゲームの中にいるのかを知れ
ゲーム理論の中でも最も名の知られた『囚人のジレンマゲーム』については、前の記事「なぜ物の値段は下がるのか。3分でわかるゲーム理論」で解説した。
経済学者アクセルロッドによる〈協力〉と〈裏切り〉のシミュレーションから導き出された結論は、最初は協力するが、相手が裏切ったらこちらも裏切り返し、そのうち相手が協力的になったらこちらも即、協力的になる『しっぺ返し戦略』が、最も優秀な戦略であるということだった。いつまでも執念深く裏切りを許さず懲罰を続ける戦略や、信用させておいて時々裏切って自分の利得を得ようとする戦略は、それより獲得した点数が低かったのだ。
そこから導き出された結論は、他者と協力して決して自分から裏切ることはせず(上品)、しかし他者が裏切ったら即座に懲罰を与え(短気)、他者が謝ってきたら許してまたすぐ協力体制へと戻る(寛容)、これが大事だということだった。
こうしたゲーム理論の中にこそ、私たちが人間関係に応用できるヒントがたくさん含まれていると大浦先生は言う。
「ゲーム理論は自分が今どういう状況にいるのか知るのにとても有効なのです。たとえば職場で難しい人間関係に追い込まれたときでも、自分が今すれ違いゲームの中にいるのか、チキンゲームの中にいるのか、それとも囚人のジレンマゲームの中にいるのか。それを知ることで、最適な解決法が見つかります。
また、こうしてゲーム理論を知っていると、経営戦略の備えになります。自社がとっている戦略が、短期的には効果があっても長期的にはどうかといった観点で見ることができるようになります。
このようにゲーム理論は、経済、政治、法学、生物学などあらゆる分野で使われる考え方となっているので、ちょっと知っているだけでいろいろな局面を予測できるようになるのです」(大浦先生)
最後に訊ねた。「高校生でも社会人でも、大学に入ってゲーム理論を勉強したい場合は、どこの学部をめざしたらよいのでしょうか」
「経済学が一番ぴったりなのですが、 全ての経済学科にゲーム理論を教えている先生がいるとは限りません。 たとえば帝京大学には小島寛之先生(同大経済学部教授)がいらっしゃいますが、そうしたゲーム理論に詳しい先生を探して教えを受ける、というのがよいでしょう」(大浦先生)という答えだった。
恋愛も仕事も人間関係もすべて駆け引きだ。駆け引きのあるところにゲーム理論あり。現代に生きる基礎教養としてぜひ知っておきたい。
おおうら・ひろくに 帝京大学文学部社会学科教授
1962年生まれ。京都大学大学院理学研究科修士課程、同大文学部哲学科、同大大学院人間・環境学研究科博士課程を卒業。専門は数理社会学、進化ゲーム理論。著書に『人間行動に潜むジレンマ―自分勝手はやめられない?』(化学同人)『社会科学者のための進化ゲーム理論―基礎から応用まで』(勁草書房)等。
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◆取材講座:『ピンチを乗り越えるゲーム理論-駆け引きと協力のシミュレーション-』(帝京大学霞ヶ関キャンパス)
取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)