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糖尿病がアルツハイマー病のリスクを高める理由とは

近年、成人だけでなく若者にも増え続けている糖尿病。糖尿病は脳血管性認知症やアルツハイマー病になるリスクも高めるという。そのメカニズムは? そして予防法は? 武蔵野大学薬学部の阿部和穂教授による公開講座「糖尿病の基礎から治療・予防法まで」からレポートする。

糖尿病が認知症リスクを高める?

糖尿病」とは、インスリンというホルモンの作用が足りず、血液中のブドウ糖(血糖)をうまく利用できなくなり、高血糖状態が続く病態の事である(詳しくは「糖尿病になる危険大 避けたい3つの食習慣とは」)。

一方、「認知症」とは、何らかの脳の病気で、脳の認知機能が失われた状態をいう。(詳しくは「糖尿病による認知症リスクで『2025年認知症700万人』」)

ちなみに認知症とは病気ではなく症状で、認知症という症状を引き起こす主な病気は以下のものである。

国内の認知症患者の50%はアルツハイマー型認知症である。これは脳に神経原繊維変化が起きて脳が萎縮していくアルツハイマー病によって引き起こされる認知症で、75歳以上の患者が多い。

また、20%を占めるのが脳血管性認知症だ。脳血管障害とは、脳の血管が破れたり詰まったりすることで脳の血流が悪くなることで、脳卒中(脳こうそく、脳出血、くも膜下出血)などを引き起こす。これは年齢を問わず発症する。

このアルツハイマー病や脳血管障害に、糖尿病が深くかかわっているのである。まずは脳血管障害から説明しよう。

高血糖による動脈硬化から脳血管性認知症に

脳血管障害は動脈硬化などが原因となって血流が滞り、酸素や栄養が脳に行かなくなったり、高血圧や動脈硬化によって血管がもろくなって脳血管が破裂したりして起こるものだ。

こうした動脈硬化や血管障害をもたらすのが高血糖状態だ。その図式は下のとおり。

高血糖状態(←糖尿病の状態
  ↓
糖化タンパク質の増加
  ↓
血管障害・動脈硬化
  ↓
脳卒中後遺症としての認知症

糖尿病を予防することは、血管障害や動脈硬化を予防することとなり、ひいては脳血管性認知症を予防することにもつながるのだ。

インスリンとアミロイドβ分解効率の関係

また近年、注目を浴びているのが、認知症全体の50%を占めるアルツハイマー病と糖尿病の関係だ。

アルツハイマー病の発症原因はいまだ明らかにはなっていないが、アルツハイマー病患者の脳にアミロイドβというタンパク質が集まって老人斑(アミロイド斑)を形成していることから、このアミロイドβがアルツハイマー病発症の引き金になっていると考えられている。

つまり、アミロイドβを貯めない、あるいは排出させる、これがアルツハイマー病の予防になりそうだ。

アミロイドβの分解を担う主な酵素は、ネプリライシンと、IDE(insulin degrading enzyme)というインスリン分解酵素だ。

しかし、血中のインスリン分泌が過多になると、インスリンの代謝にIDEが費やされる。するとアミロイドβの分解効率が低下して、蓄積されやすくなり、アルツハイマー病を発症しやすくしているのではないかと指摘されてきている。

つまり、インスリンの異常がアルツハイマー病のリスクを高めている、という指摘である。

アルツハイマー病患者はインスリン再生が弱い

また、アルツハイマー病患者は、糖代謝の制御をつかさどる肝細胞増殖因子の受容体「MET」と「プロインスリン」が切断されていること、また、インスリン産生に必要な「PCSK1」という遺伝子の働きが弱いことなどが、九州大学の研究チームにより明らかにされてきている。

これから、神経細胞の生存や機能維持に不可欠なインスリン・シグナル系が破たんした人の脳は、代謝障害や炎症反応に起因するさまざまなストレスに対して、脆弱になっているのではないかということが推測される。

実際、動物実験でアミロイドβを発現させた動物では、脳内のインスリン・シグナルが破たんしているという研究報告もある。

インスリン点鼻でアルツハイマー治療の試みも

このようにアルツハイマー病とインスリンの間には何らかの因果関係があると考えられている。

そこで今、臨床試験研究が進められているのが、インスリンの点鼻によって、アルツハイマー病を治療しようというものだ。

脳の血管はほかの血管とまったく違うBBB(blood-brain barrier、血液脳関門)と呼ばれる防御機能を持っている。これは血管から異物が脳組織に入り込むのを制限するものだ。そのため、血管から投与されたインスリンは脳には到達しない。

しかし、点鼻であれば脳に直接インスリンを届けることができるのである。

糖尿病を予防することが認知症予防の第一歩

忘れてはならないのは、糖尿病は治療が可能だが、アルツハイマー型認知症は対症療法しかなく、根治療法はないということ。つまり、認知症予防のためにも、糖尿病にならないことがとても大切なのである。

糖尿病を予防するには次の2つが有効だ。これらは血管合併症の予防にもなるという。

 【食事療法】

摂取カロリーの制限
目安としては、標準体重(kg)×生活活動強度指数※(kcal)で一日の総エネルギー量(kcal)がわかる。
※生活活動強度指数は、家事やデスクワークなどの軽労働なら25~30kcal、製造や販売などの中労働なら30~35kcal、建築業や農業などの重労働なら35kcal
食事バランスを考えて1日3食、アルコールや甘いものは控えめに
毎日さまざまな食品を取り入れて、バランスよく摂取する。食べ過ぎと感じたら、満腹感を得られる食物繊維(消化されない糖分)を取る。アルコールや甘いものは控えめにする。

【運動療法】

目安は運動時の心拍数が100~200 /分 程度(「きつい」と感じない程度)
具体的な例としては、15~30分間のウォーキング(男性は9200歩、女性は8300歩以上)を1日2回、1週間に3回以上行う。

さあ、今日から始めよう。

阿部和穂 武蔵野大学薬学部教授

〔学生記者の眼〕
講師の阿部先生も、天気がいい日は武蔵野大学から三鷹サテライト教室まで歩くようにしているそう。「1日何kcal?」「今何歩?」というのを考えるのが苦手な私のようなズボラな人間も、あまり深く考えないで阿部先生のように食事療法や運動療法を、日々の生活にコツコツ取り入れていくことが長続きする秘訣だと感じた。通勤、通学で少し意識して早歩きをしたり、食べ過ぎたと思ったら食物繊維が豊富な豆類、野菜、海藻、きのこ類を食べたり、と気づいた時に実行して習慣化させたいと思う。

◆取材講座:「糖尿病の基礎から治療・予防法まで」第3回(武蔵野大学公開講座・三鷹サテライト教室)

取材・文/山口杏菜(武蔵野大学文学部)