禁煙したくてもできない人には…
立命館土曜講座第3198回「『ココロ』の経済学─行動経済学から読み解く人間のふしぎ」の講師、依田高典先生(京都大学経済学部教授)は、人間は将来の利益より今の利益を考えがちで、また、不確実なものより確実なものを重視しがちだと説く。
そして行動経済学では将来の利益より現在の利益を考える癖を “現在性バイアス”、不確実なものより確実なものを重視する癖を “確実性バイアス” と呼ぶ。これらの “バイアス” については、前の記事でくわしく述べた。
今回、依田先生が出したテーマは「喫煙」である。
禁煙したくてもできない喫煙者と非喫煙者を調査すると、喫煙者は非喫煙者より “現在性バイアス” が大きいという結果が出たという。また、禁煙を失敗する人についても同様の結果が出たという。
しかしそれだけではない、禁煙したくてもできない喫煙者は、非喫煙者より “確実性バイアス” も大きい人が多かったのだ。
「今の一服のほうが大切だ」
依田先生は、これには喫煙者の考え方が影響しているという。禁煙したくてもできない喫煙者はどのように考えるだろうか。
・健康に悪いとはわかっているが、今のこの一服がどうしても止められない。
・今の小さな一服か、将来の大きな健康かを比べたら、今の一服のほうが大切だ。
・実際、喫煙の健康リスクは人によってまちまちではっきりしていないから今のこの一服くらい……
などがあげられるだろう。
依田先生によれば、自分が “現在性バイアス” “確実性バイアス” といった “ココロの癖” を持っていると、気づくだけでも変われるという。禁煙したくてもなかなか達成できない人は、自分がそういった “ココロの癖” を持っているかどうか今一度考えてみてはどうだろうか。
講義は、こうした人間の “ココロ” にうまく呼びかけ、望ましい方向を選択させていく戦略へと移っていった。
依田先生は一つの質問を投げかけた。
喫煙者に禁煙を訴えるのに、タバコのパッケージに真っ黒な肺を印刷するのと、タバコを値上げするのと、どちらが効果的だと思いますか?
タバコを値上げするのは “お金” に訴える、いわば価格政策だ。即効性はないが継続的な効果がある。一方、真っ黒な肺をパッケージに印刷するのは、“情報” を与えること。こちらは即効性がある。
“情報” で人間の “ココロ” にうまく呼びかけ、望ましい方向を選択させていく戦略のことを、行動経済学では “情報ナッジ” と呼ぶ。“ナッジ” とは nudge。ヒジで軽くつついたり押したりすることを意味する英語だ。
勉強しなければならないけどマンガを読みたい “ココロ”の癖
そこで考えた。近年、国内外のホテルに泊まると、このような表示をよく見る。「2泊以上ご宿泊のお客様へ。シーツの洗濯に〇〇リットルの水が使われています」。思わず地球のためにシーツの交換をやめようと考える人も多いだろう。こういうニュースをネットで見たこともある。放置自転車に頭を悩ませていた京都市が、それまで「駐輪禁止」とあった看板を「自転車捨て場」という看板にしてみたら、放置自転車がいっきになくなったというのだ。
これらもひょっとして “情報ナッジ” 戦略だったのだろうか。そう考えると、身の回りに “情報ナッジ”はたくさん存在するのかもしれない。
依田先生は講座の最後にこう言った
「リスクは承知しているけれどもタバコの一服どうしようかな……、受験勉強をしなければならないけれどマンガを読みたいな……など、“ココロ” の癖は誰にもある。それに自分で気づいて理解し、納得のいく人生を送ること。また、そういった “ココロ” の癖を理解して、“情報ナッジ” 戦略で人々に正しい選択をさせること。それが行動経済学の意義です」
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取材講座データ | ||
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「『ココロ』の経済学─行動経済学から読み解く人間のふしぎ」 | 立命館大学土曜講座 第3198回 |
文/むらたゆかり 写真/むらたゆかり(講座写真)、(c)、(c)ri。、(c)Syda Productions / fotolia