光合成をするのは葉っぱだけ、というのは間違った常識
「木はどこで光合成をしているか知っていますか?」と、講師の堀大才先生が切り出した。東京農業大学オープンカレッジ「樹木の形を読みとく」は、同大非常勤講師でNPO法人樹木生態研究会代表の堀大才先生が、非常にマニアックだが、常識が覆るような樹木のヒミツを、わかりやすく解説する講座だ。
木が光合成をしている場所? 当然、葉っぱでしょ? と受講生は皆、なぜそんな当たり前のことを、といったいぶかしげな顔つきに。すると堀先生は、驚きの話を始めた。
「木は、葉っぱだけでなく、幹や枝でも光合成をしているんです。樹皮の下には皮層という組織があって、そこにも葉緑体が含まれています。枝や幹でも光合成をすることは、春に芽を出すエネルギーを生み出すのに大きな影響を与えています。もちろん葉っぱのほうが光合成の量は多いし、効率もよいのですが、幹や枝も光合成をするのだと覚えておいてください」(堀先生、以下「」内同)
掘先生によれば、樹皮は木にとってとても大切な部分なのだという。それは木にとって、最大の防御機能を備えた部分だからだ。人間にとって皮膚や粘膜など、外部と直接接する組織は大きな防御機能を持っているが、樹木にとっても樹皮は、それ以上の存在だ。なぜなら「樹木は動物と違って歩くことができない、自分で環境を変えることができない」からだと、堀先生は説く。
「多くの樹木は外界と接する樹皮を分厚く発達させて、コルク質を形成しています。樹皮を傷つけると樹液が出るでしょう? この樹液は基本的にものすごく甘い。だからカブトムシなどの昆虫が吸いにやってくる。こういった昆虫の侵入をコルク質が阻止しているのです。
しかしこのプラタナスの樹皮を見てください。黄色いところがあってまだらになっていますね。これは樹皮が剥がれ落ちた箇所なんです。内側から新しい樹皮の組織ができてくると、古い組織は養水分がこなくなって死んでしまいます。こうしてコルク化する樹皮の外側を新陳代謝させているんです」
これは人間の皮膚がおよそ4週間でターンオーバーするようなものではないか。たしかに、樹木の樹皮は木によって全然違う。松は岩のようにゴツゴツしているし、杉は縦に裂けるような樹皮だ。山桜の樹皮は逆に横に裂けるような樹皮で、これをはがして作られるのが秋田の代表的な伝統工芸「樺細工」だ。
プラタナスのようにまだらのものもあれば、なかにはサルスベリのように、本当に猿が滑るかどうかはわからないが、樹皮がつるっつるしている木もある。じつはこうした樹皮が薄い樹木の中には、樹液に昆虫が忌避する成分を含むものが多いと、堀先生はいう。
樹皮の厚いものほど美味しく、樹皮が薄いものほどまずい?
「樹皮が薄いほうが、カブトムシが樹液を吸うのに都合よいのではと思うでしょう? それが違うんです。サルスベリにカブトムシはつかない。樹液が渋くまずいからです。なぜならサルスベリのようなコルクが薄い木の樹液にはフェノールやタンニンが多く含まれているから。クヌギやコナラのようにコルク質が厚ければ厚いほど、防御物質を混ぜる必要がないから樹液が甘いのです」
たしかに、植物は基本的に有毒だと思えというのはよく聞く話である。テレビなどでも時々、ニラと水仙の葉をとり違えたり、シソの葉と紫陽花の葉を間違えたりして食中毒が起きたといったニュースが報道されている。人間が食べるように改良された作物は別として、そうではない野草や園芸植物には、思いもよらない危険が潜んでいるのだ。
そして、樹皮の防御機能はこれだけではない。樹皮を厚くしたり、毒性物質をもつだけでなく、もっと積極的に抵抗することもあるというのである。
樹木は異物を飲み込もうとする
堀先生が次に、スライドで見せた樹木の幹の写真は、ものすごく奇妙なものだった。まるでバゲットをグルグルらせん状にねじったかのような……。
「これは、もともとは木の枝に、つる性植物が巻きついたものです。樹木は、自分に昆虫やつる性植物などが接触してくると、“異物だ”と認識します。そして最初は、接触する部分の材の肥大成長を早めて異物を押しやろうとします。しかし異物がなおも離れないと、今度は飲み込んで、自分の内部に取り込もうとするのです。こういった現象を“接触成長”といいます」
つる性植物が枝についたので、最初、木はつるを押しのけようと枝を太くしたのだが、つるはつるで、それに負けじとますます巻きつき締めつけるものだから、木のほうはさらに肥大してつるを羽交い絞めにして取り込もうとした結果、つると木が一体化してしまったのだという。
恐ろしい! そこで思い出した。世界遺産にもなっているタイ・アユタヤの寺院ワット・プラ・マハタートで見た、仏頭が幹の中にはめ込まれた菩提樹のことを。幹の根元に仏頭が、絶対に取り外せないくらい、しっかりと埋め込まれているのだが、これは人為的なものではなく、木が長い年月をかけて取り込んだものだといわれている。堀先生によれば、木は接触してくるものは何でも取り込むという。旗竿を取り込んだり、パイプを取り込んだり。それだけ樹木というのは、“接触”に敏感なのだ。
ときには細い木が太い木をとりこもうとすることも
押しやろうとしたり取り込もうとしたり。これを判断しているのは、もちろん“脳”ではない。ではどこが指令を出していいるのだろうか。堀先生によれば、これもまた植物ホルモンなのだという。ホルモンの作用とはかくも絶大なものなのだ。
自分の体の外に消化酵素を出し、相手を溶かしてから吸収する菌類
堀先生の解説する樹木の防御反応も恐ろしいが、以下に語られる菌類の食事方法もなかなか怖い。
「樹皮がはがれたり、虫に食われたりすると、きのこなどの菌類の胞子が付着し、そこから菌糸を伸ばして木を食べ始めます。菌類の食べ方は、動物の食べ方とは違います。動物は食べ物を摂取するとき、相手を一度自分の体に取り込んで、体内で消化酵素を出して消化します。しかし菌類は体外に、セルロースを分解するセルラーゼなどの消化酵素を出して溶かして吸収するんです。この栄養の摂取の仕方が、動物と菌類の大きな違いです。当然、樹木はつよい防御反応をし、そこで菌類による分解が終わります。しかし後には菌の食べ残しができる。それが空洞となります」
空洞ができると木はそれを察知する。なぜ察知する必要があるのか。風を受けて幹や枝が揺れるとき、それを伝えない部分ができるからである。そこで木はその周りの年輪成長を早めて太らせたりする。よく木の一部がぷっくりふくれていることがある。私たちはそこが肥大しているから丈夫なのだろうと思いがちだが、じつは何か理由があって肥大成長をさせているということで、そこは弱い部分なのだ。
堀先生は語る。
「樹木は動物より長い年月、生きる生き物です。しかし、一度ある場所に定着したら、場所を変えることはできない。動物だったら敵が来たら逃げればいい、寒ければ暖かいところへ行けばいい。だけど、植物は場所を変えられない。その場所で生き続けるために、動物よりもはるかに強い防御反応を持っているのです。樹木の形にはそれが現れているのです」
◆取材講座:「樹木の形を読みとく」(東京農業大学オープンカレッジ・世田谷キャンパス)
文/まなナビ編集室 写真/SVD、(c)springtime78、(c)沖 上田 / fotolia