2016年の新語・流行語大賞(ユーキャン主催)のトップ10に「保育園落ちた日本死ね」が選ばれるなど、昨今の日本では、出産や育児と仕事の両立が社会的関心となっている。少子高齢化社会に対応して、出生率アップに成功する先進国も出てきたなかで、なぜ日本では改善がみられないのか。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校の「国際時事問題入門」で安井裕司先生(日本経済大学教授)が語るその要因とは。
少子化は社会的偏見の産物
「少子化は日本が直面している最大の課題の一つ。このままでは日本という国の存続自体が危うくなります」
教室のスクリーンに映し出される右肩下がりの出生数グラフを示しながら、そう切り出した安井先生。穏やかな口調ながら冷静なデータ分析で、日本の危機的状況が浮かび上がってくる。
「人口が減少に転じる出生率はいくつかご存じですか? 2.08です。それ以下だと人口が減っていきます。2015年の日本の合計特殊出生率は1.46。これは、OECD加盟国のなかでも韓国・イタリア・スペイン・ドイツとワーストを争う危機的数字です。このまま出生率が上がらずに人口が減り続けると、国内市場が縮小する。企業は海外に流出し、国内の仕事も減ってくる。少子高齢化で、人口の少ない若者に税の負担が重くのしかかり、世代間の格差は広がる一方になる。仕事がなく税の負担が重いので、子供を持つ余裕もないという、夢のない悪循環に陥ってしまいます」
この国家存続をも脅かす少子化の陰にあるのは、「少子化問題=女性の課題」という社会的偏見だと、安井先生は指摘する。
出生率2.01を実現したフランスの政策は何が違うか
「真剣に少子化対策を考えるならば、フランスのように出生率2.0超えを目指さなくてはなりません。フランスは1994年には出生率が1.68でしたが、国をあげて対策をとり、2006年には2.01を達成しました」
フランスの少子化対策
・出産期女性の高い労働力(80%)と出生率
・第2子以降、20歳まで家族手当を給付(所得制限なし)
・子供が3歳になるまで育児休暇か時短労働可
・第2子以降の育児休暇手当は3歳まで受給可
・ベビーシッター利用に補助金
・同棲・婚外子の社会的認知
「ただし、フランスがここまでやっても、じつは人口増ではなく、現状維持であることも忘れてはいけません」と安井先生は警告する。
働いていた女性の7割が出産前に退社
「フランスやスウェーデンのように、女性の就労が進み、夫の家事・育児参加率が高い国や地域ほど、少子化が改善される傾向にあります。ですから、少子化対策としては第一に女性の社会進出の推進。それとセットで重要なのが男性の育児参加です」
2012年の日本女性の育児休暇取得率は83.6%。一見高いようにみえるこの数字だが、これは“働いている女性”のうちの8割。実際には、“働いていた女性”の7割近くが出産前に退社しているという現実がある。
また、1週間当たりの労働時間が50時間を超える労働者の割合は、フランスが5.7%、スウェーデンが1.9%に対して、日本は28.1%と先進国のなかでもダントツに高い。女性が働かず、労働のシェアができずに男性一馬力で稼いでいる傾向が数字にしっかりと表れているのだ。
その結果として当然ながら、男性の家事・育児時間の割合はスウェーデンが37.7%、フランスが34.3%に対して、日本は12.5%と著しく低くなっている。
「女性をどんどん就労させて、男性同様に仕事をさせるだけでも少子化は解決しないし、男女を逆転させて男性がメインで家事・育児をやるようにすればいいということでもない。女性も家事育児をしながら社会に出て、男性も仕事を続けながら育児家事が選択できる社会環境を作っていくが重要なのです」
10年前のスウェーデンとも大差が
「父親の育児休暇の取得率が約8割の国があります。どこでしょう?」と問われれば、多くの人は「スウェーデン!」と答えるだろう。しかしこの8割という数字が今から10年以上も前の2005年時点の数字だと聞けば驚くはずだ。
対して日本の男育児休暇取得率は2.65%。しかも2015年の数字である。10年のハンディを与えられても、“イクメン先進国”のスウェーデンに大差をつけられている。
「日本で男性の育児休暇取得率が伸びないのは意識の問題が大きい。東京都が実施したアンケートでは、男性も育児に〈積極的に参加した方がいい〉と答えた人より、〈仕事に支障のない範囲で参加したほうがいい〉と答える人が男女ともに上回っていました。日本人はいまだに、“育児は女で、男は仕事”という、80年代の感覚と価値観を男女ともに引きずっているんですよ」
つまり、日本の少子化対策のポイントは以下の3つ。
・男女平等化
・家事・育児・仕事のシェア
・意識の改革(男女ともに!)
「日本では、少子化問題や男女平等社会の課題が、フェミニズムなど女性的なテーマであると認識されてきたことも大きいと思います。少子化問題は国のあり方や存続に関わる国益の問題です。さらに世界的な視点で考えると、先進国は人口を維持し、途上国は人口を減らす努力をすることが求められています。“男は仕事”、“仕事や育児か二者択一”といったステレオタイプの価値観を、男女ともに改善しないと、日本の少子化問題は一向に解決しないでしょう」
〔今日の名言〕「日本人は出産・育児となると、男も女も頭の中が80年代」
〔大学のココイチ〕廃校小学校がそのまま教室に。窓からは校庭も見える。
〔受講生の今日イチ〕受講生は団塊世代の男性が多め。受講生の孫の世代には価値観が変わっていることを祈りたい。
〔おすすめ講座〕「国際時事問題入門」
取材講座データ | ||
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国際時事問題入門〜グローバル化を考える | 早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校 | 2016年度秋期 |
2016年12月5日取材
文/露木彩 写真/Adobe Stock