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物流会社幹部「人事制度改革より危機感共有したい」

「『来年、降格になる山下(仮名)です!』なんて、新しい人事制度を社員は飲み会のネタにしているんです(苦笑)」「人事制度よりも、本当に共有したいのは危機感なのにね」。物流会社の経営にたずさわる受講生の中から問題提起者(発表者)を選び、前半の1時間は発表者のプレゼンテーション、後半の1時間は受講者全員で議論する時間に充てられるという、まさにゼミ形式のユニークな講座だ。

常にスキルアップしないと給料が上がらない時代

集まっているのは、ネクタイ・スーツ姿の男性10数人。広めの会議室のような部屋には、ロの字形に並べられた机や椅子、部屋の中央に大きなスクリーン、両サイドに大きなモニターが設置されている。

この「物流戦略を考えるサロン」(明治大学リバティアカデミー)は、物流スペシャリストが交流するための講座である。物流会社の経営者や幹部(企業の実践者)と大学の研究者が一緒になって、今の物流業界が抱えている問題や対応策を議論する。

取材当日のテーマは「物流業界における人材育成の方向性を探る」。

中央に発表者(受講者の一人)、傍らに司会者、コーディネータの小川智由先生(同大・商学部教授)、他の受講者はロの字に着席していく。

ちょうど大学時代のゼミを思わせる風景である。物流会社の人事部に在籍する斎藤さん(仮名) が、40枚程度のスライドを基にプレゼンテーションしていく。

物流会社は決まった仕事をきっちりこなすだけでなく、お客様への提案もできなければなりません

斎藤さんの会社では、社員の意識改革を狙って新しい人事制度の導入を決定したという。

「新制度では、職種毎にそれぞれどういう仕事で、どういう人材を評価するか、定義を明確にしています。これまでは経験や過去の実績で評価されましたが、今後は担当する仕事内容と、そこで期待される役割、それにどこまで応えられているかで評価されることになります」

キャリアパスは明確化されるが、常にスキルアップを図らないと、職位・給料が上がらない厳しい仕組みだ。「部付部長」のような曖昧な位置づけの管理職も無くなる。

「『来年、G1(一番下の等級)になる山下です!』なんて、忘年会で社員は言っていました(苦笑)が、制度導入の本当の意義や厳しさをわかってもらうにはまだまだ時間がかかりそうです。」と斎藤さん。

管理職のパフォーマンスを可視化しようとする会社も

後半の議論の時間では、受講者から意見や質問が活発に出された。同じ物流関係者として、制度導入の背景や意義は理解しつつも、社員のモチベーション低下を心配する声も多く聞かれた。

「私の会社でも同じような制度を導入しましたが、優秀な人はどんどん伸びる。でも、そうでない人は伸びない。中間層が二極化する。効果が出やすい会社とそうでない会社があるように思います」

「職位や給料が上がる人は良いが、下がる人はどうなのでしょう? その人の責任によらず、下がってしまうことはないでしょうか? 単なる賃下げと社員に受け取られてしまいませんか?

こうした声に斎藤さんは次のように答えた。

「新制度は管理職に厳しい制度です。どの会社にも奨める制度とは思いません。今、わが社は危機感を持っています。会社がなくならないようにしなくてはなりません。そのためには改革が必要です。そこで、一時的に大変でもショック療法を選ぶことを決断しました。会社が成長して再びポストを増やし、社員の待遇も上がるようにもっていかなければなりません。制度は構築より運用が大事です。社員の声を丁寧に聞かないと間違った結果になってしまいます。社員向け説明会では丁寧な説明が必要です。評価者と被評価者、両方に理解してもらわなければなりません。経営陣にも途中でぶれない覚悟が要ります」

これに対し、「個人データは誰が管理するのですか?」といった運用面での質問も出た。

「自己申告書を紙から電子化へ。まず管理職から始めます。人事部が人事データベースとして管理します。適性検査データやアセスメント研修の結果など複数データと併せて蓄積し、機械学習と組み合わせれば、人事の予測・戦略に活用できます。たとえば、どういう人や行動が高いパフォーマンスを生み出すか、どのような人・状況が離職や病気に繋がり易いか、どういう人の組み合わせだとチームのパフォーマンスが上がるか、といったことに活用できます」

会社の垣根を越えて、課題を話し合える仲間を

受講者は皆、物流会社の経営者や幹部のため、同じ悩みを抱えている。今回は人事施策であったが、物流に不可欠な道路などのインフラの問題、ビジネスモデルのあり方、成熟社会の中でどうニッチなビジネスを立ち上げるかなど、物流業界の抱える問題を、毎回議論してきたという。

このような、会社の垣根を越えて、業界内共通の課題を共に話し合える環境は貴重なため、コーディネータの小川先生も、受講者間の議論や交流を重んじながら運営していく。

「研修の効果がわかりにくい。そもそも研修に臨む社員の意欲に差が大き過ぎる」
「人材の質にバラツキが大きい。どうやったら、底上げできるか?」

互いに悩みを共有し合い、それぞれの知識・経験を基に議論を行う。必要に応じて、専門家である教授の助言ももらえる。

明治大学では、このような専門性の高いビジネス講座を数多く開講している。業界交流会などとはひと味違う、実践的な課題を深く討議できるゼミ式講座は、全職種にイノベーションが求められているいま、ビジネスマンにとってありがたい

〔関連講座〕ケーススタディで学ぶ商品開発・新規事業創出マーケティングゼミ

〔発表者のココイチ〕「本気と信頼関係」――「経営陣の本気と、それを示す経営計画と仕組み(人事制度)。経営陣と現場社員の信頼関係がなければ、何事もうまくいきません」(斎藤さん)

〔受講生の今日イチ〕「危機感の共有」――「仕組みも必要だけど、本当に共有したいのは危機感だよね」(終了後の談笑で)

取材講座データ
物流戦略を考えるサロン サプライチェーン・マネジメントの将来像を探査する 明治大学リバティアカデミー 2016年秋期

文/まなナビ編集部 写真/adobe stock、(c)elnariz、(c)hanack / fotolia