とくにひとり親世帯で進む「子どもの貧困」
「子どもの貧困」の中でもとくに深刻なのが、ひとり親世帯の相対的貧困率だ。OECD(経済協力開発機構)に加盟する主要先進国でただ一国、50%を上回っている。
ではひとり親世帯の親は怠けているのかというと、日本は世界の中で見てもひとり親世帯の親が抜きんでて働いている国なのだという。
「母子家庭で80.6%、父子家庭で91.3%が働いています。しかし収入が低いのです。たとえば世帯数平均3.42人の母子家庭では母親の収入は223万円、このうち勤労収入は181万円しかありません」(森田先生。以下、「 」内同)
その背景にあるのが、母子家庭の母親の常用雇用者が39.4%しかいないという現実だ。
そのため、父子家庭の世帯平均収入が455万円なのに対し、母子家庭の世帯平均収入はその約64%の291万円に留まっている。つまり母子家庭の母親の多くは、恒常的なワーキングプア状態に陥っているといえる。
母親は貧困を隠そうとする
驚くのは、貧困に陥っている母親がそれを周囲に隠そうとするケースが多いことだ。そのために社会的支援が遅れ、結果として「子どもの貧困」が放置される。
「貧困状態にある母親たちは、家庭にお米がない、お金がない、ということを、周囲に隠す傾向があります。周囲の人に知られて、こんなことを言われるのが怖いのです。
『あなたが離婚したからでしょ』
『あなたが怠けたからでしょ』
『あなたが無駄遣いしたんじゃないの』
『あなたがいざというときに備えて準備しなかったことがいけないのでは』
つまり母親たち自身も、周囲の人も、貧困とは自己責任だと思っているんですね。
ひとたび貧困だとわかると、上のようなことを言われてプライバシーに踏み込まれ、 自己責任を追求されかねない。そのため母親は周囲に貧困を隠そうとする。それは自分の子どもに対してもです」
子どもたちに貧困状態が知らされていないことも
「日本では家庭の経済状態をあまり子どもに話しません。子どもが家計を心配しても、『あなたはそんなこと心配しなくていいの、勉強さえしていればいいの』と答える親がほとんどでしょう。これは貧困家庭であっても同様で、むしろ貧困であるほど、親はそのことを子どもに知られまいとします。
『自分が我慢できなくて離婚したから、子どもにこんな思いをさせてしまっているんだ……』と、多くの母親がこう思い、苦しむんですね。子どももどこかで察してはいるんですが、子どもも親のそうした思いを察して言えない。多くの貧困家庭は、そのような真綿でくるまれたような自縄自縛の状態にある。
たとえば、生活保護を受給していることを子どもに話していない家庭は結構あるんですよ。そのことを子どもが知るのは、中学校の1年生か2年生くらい、高校への進学を考えるために行政のケースワーカーが話し始める時です。それだって絶対やめてほしいという親がいるくらいです。第三者が入らないと話が始まらないのに、それすらも断る。それほど親たちは自己責任だと自分を責めるんです。
貧困は、恥ずかしいというより、人に知られたくないことなんですね。低所得者に支給される児童扶養手当を受給するためには年1回現況届を出す必要があるのですが、それすら人に見られたくない、母子家庭だということを知られたくないという理由で、絶対に人に合わないように手続きをしてほしいという要望が寄せられます。
所得が低いと知られたくない、母子家庭という家族構成ですら知られたくない、知られたら私の責任で子どもがいじめられるかもしれない……親はそう考える。家計というものには、家族のありようや歴史、現在の状況や家族の未来、こうしたことすべてが表れます。貧困とはプライバシーなのです」
親や親族に助けを求めない、求められない母親も
こうして貧困家庭ほど社会支援から遠ざかる状況が生まれていく。加えて、次のような事情をもつ親もいる。
親や親族に助けを求めてはどうかとアドバイスしても、『親にだけは絶対に連絡を取らないでくれ』と言われるケースがあるのだ。
「なぜ親族に連絡を取らないのかというと、ひとつは、自分がこんなに困っているのだということを、自身の親や親族に知られたくないということ。
もうひとつは、自分自身が親の虐待で逃げてきていたりして、居場所を知られたくない状況にあるということです」
生活保護を受給する場合、原則、親族に扶養調査がある。しかし親や親族に自分の居場所や状態を知られたくないために、申請をためらう親も多いという。
また、もうひとつ問題が控えている。それは、福祉制度は利用しにくくできているということだ。
社会福祉緒制度は利用しにくいようにできている
森田先生は、社会福祉の制度は、限られた予算を有効活用するために保護する対象を限定する結果、利用しにくくなる、と語る。
土日や夜間は受け付けていない。大量の書類を読んで書かなければならない。日本語力が十分になかったり、仕事と子育てで時間が取れなかったりして、申請できないケースもある。
「日本ではまず第一に、家族・親族に責任があるとしがちです。そのため、その中にいる子どもの声は、なかなか社会に届かない。私たちはそこを何とかしたいと活動しています」
*東洋大学では12月16日土曜日、「子どもの貧困の解決策を支援者と探る」と題したオープン講座を予定している。
もりた・あけみ 東洋大学社会学部教授、東洋大学社会貢献センター長
子どもの権利を基盤にした児童福祉学を専門とする。数多くの自治体の子ども・子育て支援計画、次世代育成支援行動計画策定などにかかわり、東日本大震災をきっかけとした家庭環境や友人関係の変化が子どもたちの生活や心にどのような影響を与えているかについての現地での子ども参加型調査も行っている。
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