生命誕生の「究極の目的」とは・・・
「約40億年前、ナトリウムの海の中にカリウムを入れた袋として最初の生命が生まれました」
東京農業大学教授で医師でもある田中越郎先生は、黒板に1本の横線を引き、その下に〇(マル)を数個書いた。線の下は海で主にナトリウム、〇(マル)の中は主にカリウム。地球上最初の生命、単細胞生物だ。「生命の終わりを考える」という講座の初回は、“終わり” の原点である生命の “誕生” の話から始まった。
この袋(細胞)の成分は脂質、袋の中ではたんぱく質でできた酵素の働きで代謝(合成と分解)が起こっている。そして酵素が働くためのエネルギー源が糖質。
炭水化物・たんぱく質・脂質。カロリーオフや糖質制限が話題にのぼる時代に、これらが必ず摂るべき三大栄養素といわれる理由がここにある。
さらに代謝を起こすたんぱく質の設計図が遺伝子。遺伝子があればほとんど同じモノが複製できる。遺伝子、それを基に作られるたんぱく質、エネルギー源(糖質)、袋(脂質)の4つが1セット。生命の根源である細胞の構造は実にシンプルだ。
そして生命の究極の目的は「自分の遺伝子を次の世代に伝えること」と、田中先生の表現もまた実にシンプル。僕の、私の生きる目的……となると、少々難しい話になるかもしれないが、生命の目的はズバリ、自分を「伝えること」なのだ。
心臓が止まっても骨は24時間生き続ける
生命の目的から、いよいよ死の話へ。栄養学・生理学(生物学)という生々しい生命の営みを専門とする田中先生の「生命の終わり」の授業は淡々と進む。“死” とは生物にとって、どんな状態なのだろうか。
まず心臓と呼吸と脳が停止した状態だということ。
細胞は生きるために代謝を繰り返すが、ヒトの場合は酸素が必要だ。酸素は呼吸により肺に取り込まれ、心臓が全身に運ぶ。そして呼吸や心臓が止まれば、全身に酸素が供給されなくなる。特に酸素不足に弱い脳細胞など、心臓が止まると数分でダメになる。
呼吸と心臓と脳が活動しなくなれば生還は難しい。よくドラマなどで脳の活動停止がわかる瞳孔の対光反射を確認し、臨終を宣言するシーンがあるが、これがいちばん一般的な死の形と言っていいかもしれない。
しかし心臓が止まるとすべての細胞が死ぬわけではない。骨の細胞などは心臓が止まってから24時間くらいは生きているという。心臓は止まっているが一部の細胞はまだ生きている。自分の大切な人だったら、これを死と思えるだろうか。
移植医療の進歩により “脳死” という概念が登場した。いったんダメになった脳は復活しないが、心臓と呼吸は機械や薬で人工的に動かすことにより、脳以外の臓器ならその機能を維持することができる。つまり大脳がつかさどる、物事を考えたり言葉を話したりといった人間らしい活動はもうできないが、脳以外の臓器なら、移植することにより、ほかの人の治療に活かすこともできる。
こうした脳死状態は、“死” か “生” か。もしも親しい人が脳死と判定されたとき、生命の終わりだと、果たしてあなたは納得できるだろうか。
その人が死んでも誰かの中で生き続けるものがある
生命の究極の目的は遺伝子を次世代に伝えること。しかし私たちが生きる目的は子孫を残すことだけではないはずだ。
一つの指針として田中先生は、「使命」という言葉を挙げた。たとえばある人が使命感を持って伝えたこと、生き様、志は、その人が死んでも伝えた誰かの中で生き続け、次世代へも受け継がれるだろうという。
人の「使命」とは何か。
田中先生の話を聞きながら、記者は人として命ある限り懸命に生きることではないだろうかと考えた。
生きるために必要な「死の考察」
実はこの講座が初めて開講された2015年2月、偶然にも記者は一受講者として同じ東京農大のこの講座の教室にいた。その少し前に親を看取り、それまで抽象的なイメージだった死を、初めてこの目で直視したところだった。死を次世代に見せることも親の使命なのだと感動し、死について真っ向から考えてみたくなり受講したのだ。とても満足のいく「死の考察」の時間だった。
自殺死亡率が世界ワースト6位、先進国では最悪レベルだという日本。田中先生に、「若いのに死にたい人というのはどういうことなのでしょう?」と質問すると、田中先生は断言した。
「それは病なんです。生物というものは、次世代に命をつなぐべく、生きようとするものなのですから」
私の受講から約3年、田中先生が同講座を続ける中、若い世代の受講生が増えているというのはひとつの希望だ。
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取材講座:「生命の終わりとは何だろう? 老化とは何か。その仕組みと死の種類」(東京農大エクステンションセンター世田谷キャンパス)
文/斉藤直子 写真/まなナビ編集室