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死ぬときは周囲に迷惑をかけていいと学ぶ「死」の講座

授業

「Death Education 〜死と向き合って生きる」の講座風景

死ぬときは誰にも迷惑をかけたくない。長寿大国・日本においては、高齢者の間で、そうした意識を抱く人も少なくない。誰に対しても確実に訪れるはずの「死」との向き合い方について、いま新たに注目が集まっている。

自分で身の回りのことができない80代兄のつらさ

早稲田大学エクステンションセンター内で、17年以上続いているのが早稲田大学名誉教授である大槻宏樹先生の講座「Death Education 〜死と向き合って生きる」。同講座は、人前で語ることをタブーとされがちな「死」の定義を改めて見つめ直すことをテーマに行われている。実際にどんな人が受講しているのか。担当講師である大槻先生はこう語る。

「受講生は、肉親の不幸などを契機に『死』について考える人が多いのではないでしょうか。家族の死をどう受け止め、どう昇華していくか。そして、死は自分にもいずれは起こることだからこそ、徐々に死への心構えをしていきたいという方も多い気がします」

5年前に一度この講座を受講し、また今年再度受講しているという70代男性は、講座を通じての心境の変化についてこう語る。

「私よりも上の世代は、戦後の混乱期から生き抜いてきた人が多いので『周りの人に迷惑をかけてはいけない』『自立していなければならない』という意識が非常に強い人が多いんです。そういう人たちが手も足も動かせないような不自由な体になって、周りの人にいろいろとお世話をしてもらわないと生きていけなくなる……。そんな状態になるのは、本人にとってとてもつらいものだと思います。

実際に私の兄もいま80代で、寝たきりの状態になり、自分で身の回りのことをできないことが、とてもつらそうだったんです。でもこの講座を通じて、『病気になった際には人に依存してもよい』『病気のときには人に頼るのは当たり前のことだ』という価値観を学び、兄にも伝えるようにしました。以前は、周囲の世話になることを恥じていた兄も、最近は『サポートしてもらうのは悪いことではない』『恥ずかしいことではない』と思うようになってきたようです」

また、同じくリピーターの女性はこう語る。

「私は以前、一度この講座を受講していたのですが、昨年主人を亡くしたのを契機に、再度受講することにしました。自殺や暴行などが多い昨今、もっと下の世代の人たちにも関心を持ってもらいたいテーマだと思っています」

毎回の講義のあとのお茶会と毎年の同窓会

同講座はリピーターが多いことや、大槻先生と受講生たちの親交が深いことでも有名だ。社会人講座ながら、なぜそんなに親交が深くなるのか。受講生に聞いてみた。

「まず、講義後は、毎回『お茶会』という談話の時間が設けられています。大槻先生は必ず参加してくださいますね。毎回、1~2時間ほど、受講生たちと一緒にその日のテーマなどについて語り合ったりしています。この『お茶会』が、受講生同士の結束をかなり強めているようです。ほかの講座の先生にも『この講座を真似してお茶会をしましょう』と呼びかけたら、先生がお茶会を催してくれるようになり、結果、すごく受講生同士の仲が良くなりました」(70代女性)

受講生同士の結束を強めたいという場合には、お茶会は非常に良い影響を与えるようだ。しかし、それだけではない。

「月に1回、歴代の受講生の有志が集まり、先生を囲む会を行っています。それぞれが最近注目しているテーマを持ち寄った勉強会ですね。時には受講生同士で『深川歩く会』『博物館に行く会』など、イベントも行っています」(70代男性)

さらに毎年11月には歴代・現役の受講生を集めた研究発表会も実施されている。歴代の受講生が40~50人ほど集まり、個人的に続けている研究を発表する。さらには、毎年、歴代の受講生たちからの報告書として『わたしのDeath Education』という雑誌も発行しているのだ(第17号が最新刊)。

研究成果を発表する『わたしのDeath Education』。最新刊は第17号

大学のゼミさながらの内容だが、なぜこうした活動を行うのか。その理由について、大槻先生は語る。

「社会人の方々はみなさん、なんらかのプロフェッショナルで、さまざまな体験をお持ちで、私自身よりも知識や経験が豊富な素晴らしい方が多いんです。でも、社会人教育の場合は、ただ学ぶだけに終わってしまうことも多い。だから、そうしたみなさんの知見を共有できるような発表の場を作りたいと考えています。

できれば普通の大学の学会のように、『エクステンション学会』のようなものを実施して、発表の場を作れればと思っています。多分、まだ世界中で社会人教育の学会は存在しないはずなので、ぜひこの活動を続けていきたいですね」

ただの「娯楽」や「趣味」に終わらせず、発表の場を設けることで、さらに学問を深めていく。そんな姿勢があるからこそ、この講座は数ある早稲田大学の講座のなかでも群を抜いた長寿を誇るのかもしれない。

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〔受講生の今日イチ〕「毎講義後のお茶会や毎年1回の発表会がある社会人講座なんてないのでは」
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取材講座:「Death Education 〜死と向き合って生きる」(早稲田大学エクステンションセンター早稲田校)

文/藤村はるな 写真/まなナビ編集室