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昼は税理士、夜は大学院生。50才女性税理士が大学院を志した理由

働きながら学ぶ時代とはいえ、税理士として毎日業務をこなしなが夜間に大学院に通うのは大変だ。その一人、筑波大学大学院に通う湊昭子さんに、大学院で学ぶ深い理由と、昼は税理士、夜は学生という二足のわらじ生活について訊いた。

税理士に法学的知識が求められる時代に

湊さんは都内の税理士法人に勤務する50才の女性税理士だ。中学生の息子を持つ母でもある。

しかし湊さんにはもう一つの顔がある。東京都文京区大塚にある筑波大学大学院(東京キャンパス)法学研究科に通う修士2年生の学生でもあるのである。専攻は企業法学。平日仕事を終えてから夜間、大学院に通っている。

50才といえば、会社員ならそろそろ定年退職後のプランを練り始める頃だ。『論語』に「五十にして天命を知る」とあるように、人生の総決算を考える時期である。しかし湊さんは、50才を前に、大学院で学び直そうと決意した。その理由は何なのだろうか。

「私たち税理士が行っている税についての諸々の業務は、税法によって行われています。さらに課税が発生する前段階としての取引は、民法、会社法その他の私法によって決まる法的な権利義務関係がまずあり、その上に課税関係が構築されます。このように法律は税理士業務の根本に深くかかわっているんですね。

さらに今日では国際取引も多いので、国際税務についても知っていないと、ついていけなくなってきています。また、税務訴訟などでは、税理士が補佐人として弁護士である訴訟代理人とともに裁判所に出頭して陳述できるようになりました。 税に関する訴訟に税理士もかかわるようになってきたんです。今後は法学的知識のない税理士は、クライアントが限られてくると思います。

でも、最初からそこまで考えていたわけではなかったんです。きっかけは、法律の知識があれば、企業の中で起こる税にまつわる諸問題を解決していく時に、今よりもう少し貢献できるようになるかな、という思いでした。また、東京税理士会で小中高校生を対象とした租税教育に携わっているので、租税法について詳しく勉強して、基本的知識を身につけたい、という思いもありました」(湊さん。以下「 」内同)

リーガルマインドの力不足を感じて科目等履修生に

湊さんと筑波大学大学院を結びつけたのは、税務訴訟における税理士の役割についての税理士会の研修だった。筑波大学大学院が研修の場として大学院の授業の一部を税理士会に公開していたのである。

「その研修会で、税務訴訟や民事訴訟について学びました。そこで研修はいったん終了したのですが、学んだことでかえって、自分にリーガルマインドの力が不足していることに気づいたんです。また、今後の業務として国際税務が必要になるので、それについても学ぼうと、その翌年、筑波大学大学院の科目等履修生となりました」

「科目等履修生」とは、自分の受けたい科目だけを履修できる制度だ。大学生や大学院生に混じって同じカリキュラムの授業を受けることになる。

筑波大学大学院の科目等履修生として、湊さんは、租税法(2単位)と国際課税法1・2、合わせて4単位をとった。その前の税理士会の研修で受けた授業も4単位としてカウントされたため、湊さんは1年間の科目等履修生を終えた時点で、8単位を取得していた。

「学べば学ぶほどもっと深く学びたい。しかも手元にはこの8単位がある。そこで、大学院に入学して本格的に学ぶことを決意しました。

今思うと、この8単位がなかったら、仕事や家庭と両立させて、大学院生として学び続けることは難しかったかもしれません。それぐらい大変です。もし私のように税理士として働きながら大学院で法律を学ぼうという方がいたら、先に科目等履修生としていくつか単位を取ることをお勧めしたいです」(湊さん)

30単位のほとんどを1年で取らなければならない

大学院の授業風景。教室の授業のほかゼミ形式での討論も多い。(湊さん提供)

「大学院では2年間で30単位が最低の単位です。1単位は、授業10コマにレポートです。レポートも深く調べて考察することが求められますし、科目等履修での単位は成績がAかA+でないとカウントが認められません。

30単位のうち6単位は指導教官預かりの単位なので、これを落とす人はあまりいないのですが、それを除いても24単位。修士2年では修論に集中しなければならないので、できれば1年生のうちに24単位の9割近くを取っておかないといけないので、これがきついです。私は税理士会の研修会での4単位と、科目等履修生の4単位、合わせて8単位をすでに持っていたので、どちらかというと単位数にはあまりこだわらずに、受けたい科目を受講することにしました」

大学院の授業は、7限目が18:20~19:35、8限目が19:45~21:00。1日に2コマ取ると、終わるのは夜の9時を回る。

「修士1年生の時は、平日は火曜日に1コマ、木曜日に2コマ、それに土曜日2~3コマ通いました。授業のある日はこんな感じです」

朝6時起床し、30分ほど犬の散歩をする。6時半からお弁当と一緒に夕食の用意もして、7時に子供を起こす。8時に家を出て、8時半~午後5時まで仕事をし、その後、大学院で授業を受ける。2コマの日は、帰宅が夜10時頃になってしまう。それから復習をする。

「大学院に通うのが週4~5日ならきつかったと思いますが、平日2日+土曜日だったので乗り切れたと思います。また、授業がない日にはクロスフィット(コア体力を強化するフィットネス・プログラム)に通っていました。クロスフィットで体を動かすことが、ストレス解消につながっていたと思いますね」

中学生の息子さんはどう思っていたのだろうか。

「息子が中学生だから通えたというのもあります。私が大学院に通っていることもきちんと理解してくれ、夕飯も自分で温めて食べることができるようになっていたので。私も50才になって、ようやく自分の時間が取れるようになったということです。女性はどうしても自分以外のことに時間を使うことが多いので、そうした感慨を持ちますね」

学んだ知識を社会に還元していくために

修士2年目となる今年は、修論に取り組む年となる。あと1年間、大学院で学ぶ決意と今後の抱負を訊いた。

「入試の面接で、『この研究はこれからの社会に活かせますか?』と尋ねられましたが、そのとおり、大学院は得られた知識をその後、社会に還元するために学ぶところだと思います。税理士として今まで20年以上生計を立ててこれました。しっかり修論を書いて、修士号を取った後は、学んだことを社会に還元することで、20年以上受けてきた恩を返していきたいと思っています。

仕事に活かすことはもちろん、小中高校生への租税教育の現場でも、学んだ知識を活かせたらと思っています。

というのは、日本では税金についての教育がないんですね。税って何?と子供に聞かれても、多くの大人はなかなか答えられないと思います。税というのは財産権を侵害するものでもあるわけです。だから公平ということがとても大事です。

どのように集めたら公平なのか、どのように使ったら公平なのか。お金持ちの人もいれば、食べるのもやっとという人もいるなかで、税の公平について考えていくことはとても重要だと思うんです。税を通してみると世の中の仕組みが見えてきます。それを子供たちに伝えたいですね」

「五十にして天命を知る」(論語)の「天命」とは、自分が世の中で果たすべき使命をさす。湊さんは50才を前に天命を見つけたのだ。

取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)