まなナビ

昆虫脳、神経細胞はヒトの10万分の1だがスゴ過ぎる

最近〈バイオミメティクス〉という言葉がよく使われるようになってきた。「生物模倣技術」と訳される研究だ。この最先端科学の知見を一般市民に公開している北海道大学博物館のバイオミメティクス市民セミナーをレポートする。

生物界はイノベーションの種の宝庫

バイオミメティクス(BioMimetics)は、今後ますます注目される分野の研究である。生物の機能を参考にして「蚊の口を模倣した痛くない注射針」「サメの皮膚を模倣した水抵抗の少ない水着」など、さまざまな分野で新技術が生み出されている。たとえば、小型化したカメラと空を飛ぶ羽を併せ持つ「トンボの形をしたカメラ」が開発されたとしたら、いまだ見たことのない風景に出会えるかもしれない、

そうした、最先端科学がおこすイノベーションの可能性を、ぜひ広く理解してもらおうと開催されているのが、このバイオミメティクス市民セミナーだ。これまでに60回以上開催されているという人気の講座だ。

その第62回(!)のテーマは、「昆虫の学習と微小脳:ヒトの脳のしくみとは違うのか?」。

講師の水波誠先生(北海道大学大学院生命科学院教授)は語る。

「私たちヒトは、生物の中でもっとも大きな脳を持ち、地球に君臨しています。そのため、つい自分たちが進化の最終形と考えがちですが、この大きな脳を持つために生物は進化してきたのだ! と考えるのは単なる奢りです。生物学的には、どの生物も、その行動をとるのに最もふさわしい脳に変化してきたのです。

昆虫の脳の神経細胞(ニューロン)の数が100万であるのに対して、ヒトの脳の神経細胞は1000億と、大きく異なります。

しかしそれぞれの脳を比較してみると、予想以上によく似ていることがわかります

脳の研究をするためには、まず対象となる生物の行動を知る必要があるという。そこで、先生は、よく知られているミツバチのダンス・コミュニケーションを取り上げて説明した。

 

目からウロコのミツバチ・ダンス

これが目からウロコだった。

ミツバチが8の字ダンスや円形ダンスを踊り、餌の方向と距離を伝えているということは広く知られているが、一般的なイメージと実際はかなり違っていたことがわかった。

ブンブン空を飛べる蜂のこと、てっきりミツバチの巣の前で飛びながら8の字を描いたり円を描いたりしているのかとばかり思っていたら、実際は、巣の中でモゾモゾと歩きながらダンスを踊るのである。

例えるなら、めちゃくちゃ混んだクラブで人混みをかき分けながらステップ踏んでる感じ?

そしてこのダンス、通常、巣の中は真っ暗なので、目で見ることはできない。私たちは「会話」というと、音で仲間とコミュニケーションを図るも、ミツバチも同じようにダンスを踊る羽の音で、ダンスの形態を理解しているのがわかってきた。

しかもダンスを踊るミツバチは、ダンス中に、仕入れてきたごちそうを吐き戻して周りのミツバチに振る舞うのだとか。こうして採ってきたごちそうのニオイを伝えるのも、大事なコミュニケーションだと考えられている。

またごちそうだけではなく、ダンス中にフェロモンまで出して、仲間を惹きつけるのだと聞けば――――踊ってフェロモン出して餌で釣る……ホントにクラブのダンスシーンみたい!

 

えさ場までの距離はこう測る

こうしたミツバチの行動とその受け取りかたは、研究者たちの地道な努力によって解明されると、水波先生は説明する。

その解明に向けて、8の字ダンスを踊るロボットを作り、本当にその方向へ仲間が飛んでいくのか、各方向に研究者たちを配置し、飛んできたミツバチの数を数えて統計を取る。

そこから「情報は伝達できてるみたいだけど飛んでくるミツバチの比率は低くないかな?」と気付いて、調べてみるとフェロモンも出していたことが判明したりもする。山ほどの実験を重ね、山ほど失敗をして、少しずつ謎が解明していくのだそう(それがまたあとから否定されたりもするんだそうな)。

また、ミツバチはかなり正確にえさ場までの距離を測り、それを仲間に伝えることができる。そのわけを以前は、飛行に費やした蜜の量を量っている、つまり燃費で計算していると考えていたが、最近では、移動するときに周りの風景が流れていく様子から距離を測っているのではないかと考えられるようになってきたという。

そして、ダンスによって示す方角は、太陽の位置。太陽を真上にして踊り、仲間はそのダンスがいつ踊られたかで餌の場所を把握する。例えば今ダンスを踊ったばかりなら同じ方向だけど、1時間前に聴いたダンスなら、15度西に傾けた方向に飛んでいくとのこと。

 

コオロギでも「パブロフの犬」が

昆虫の脳みそって、もっと単純かと思っていたが、そうでもないらしい。ミツバチがものごとを理論的にではなく、反射神経的に理解をしているのだとしても、齟齬のないカタチでコミュニケーションが成立する方法と脳みそを手に入れているのである。しかも、人間の10万分の1しかないニューロンで。

「パブロフの犬」という有名な実験がある。餌をあげるのと同時にベルを鳴らしていたら、ベルを聞いただけでよだれを出し始めちゃった空振り犬の話。これを「古典的条件付け」というそうだけど、同じことをコオロギでもやれるのだそうだ。

ニオイや色、形と、条件付けのための餌や罰を与えて、その後、行動がどう変わるかを確かめる。そして、こうした実験からは、脳のどんな物質が、どんな判断を担っているのかがわかる。

「昆虫の脳内にはオクトパミンという脊椎動物にはない伝達物質があります。これは人間の脳にあるノルアドレナリンとよく似た構造をしていて、その受容体もまたよく似た形なんです。生物の行動の調査や遺伝子の研究の結果、ノルアドレナリンとオクトパミンは元々は同じ役割だったものが変化して、別の物質になったと考えられます」と水波先生は言う。

つまり、私たちの脳と昆虫の脳は、今できることは大きく違ったとしても、その元ネタは同じだったと考えられているってことらしい。

研究者の方々は大量の実験を繰り返し、数多くの失敗を乗り越えて、その中で蓄えられたデータが、イノベーションの種となっていく。そして、そのごくごく一端ではあろうけれども、こうしたセミナーを通して私たち一般人が、最新の研究に触れることができるというのは、何とも贅沢な経験である。

〔あわせて読みたい科学記事〕
発達障害、家庭で気づく3つのポイント
私たちの目で起きていること─視覚は化学反応
パンがふくらみ、アンチエイジングに有効な廃棄物は
「はやぶさ」が世界で初めて惑星の小石を拾えた理由

〔関連講座〕「バイオミメティクス市民セミナー」は毎月開催。詳しくはコチラから。

〔大学のココイチ〕 北海道大学で売っている黒板消しに心惹かれて思わず買ってしまいました。

取材講座データ
バイオミメティクス・市民セミナー第62回「昆虫の学習と微小脳:ヒトの脳のしくみとは違うのか?」 北海道大学総合博物館

文/和久井香菜子 写真/和久井香菜子、Adobe Stock