女性は産婦人科を主治医にするとよい
産婦人科というと、どうも敷居が高いと感じる女性は少なくないようだ。しかし筆者がかかりつけ医にしていた産婦人科医は「女性は産婦人科を主治医とすることをお勧めします。なぜなら産婦人科医は内科を兼ねていることが多く、一度の受診で体の問題が解決する可能性が高いためです」と言っていた。
日本では小説やその他ニュースなどで盛んに産科婦人科のマイナスイメージを植え付けてきた(『妊娠小説』齊籐実奈子)。そのため、産科婦人科のマイナスイメージを持つ女性も少なくないかもしれない。しかも、筆者が検診を受けた際、出血はするわ、圧迫感はあるわ、検診後しばらくお腹が痛いわで「もう二度と行きたくない」と思ったものだ。
しかし順天堂大学医学部の寺尾泰久准教授は指摘する。
「患者さんがちょっとでも辛そうな顔をしたら、僕は負けだと思っています。それくらい神経を使っています。」(寺尾准教授)
検診嫌いの女性もこの言葉を信じて検診を受けてほしい。では実際に子宮頸がんの検診はどのように行われるのだろうか。
患者に応じて器具を変えることで負担軽減を
「まず最初に問診します。年齢、月経の状況、分娩歴の有無、閉経しているかいないか、最終月経はいつかなどです。この問診はたいへん重要で、分娩歴や性交体験の有無により、使う器具を変えて患者さんの負担を減らすためです。
子宮の入り口を柔らかいブラシでこすります。これは一瞬で終わります。この検診で引っかかった人は再検査となます。コルポスコピー検査を行い、必要であれば子宮頸部をマッチ棒の頭くらい切り取ります。胃カメラをして、ポリープがあったら取るような感覚です。これは少し痛いですが、外来でできます。」(寺尾准教授)
検診を受ける時期だが、月経時以外なら問題ないという。しかし乳がん検診と同時に受ける場合は、月経後くらいがいいという。
子宮がん検診先進国から後進国となった日本
日本では1982年に30歳以上の女性を対象に子宮がん検診が始まる。当時は世界でも子宮がん検診を行っている国は少なく、日本は世界の最先端をいっていたという。
「検診の導入直後は進行がんが発見されるため一時的に増えますが、その後は減っていきます。毎年の検診で、進行した子宮がんはどんどん減っていきました。しかしなかなか検診の重要性が広まらないのです」(寺尾准教授)
検診を導入した予防先進国だった日本は今や、見る影もない後進国になってしまったという。
「子宮頸がんの発症率が比較的高い傾向にあったイギリスでは、検診率が7〜8割を超えると、進行形の子宮頸がんが一気に下がりました。この高い検診率を支えているのは『コール・リコールシステム』です。検診を受けていない人に電話をして『検診を受けてください』と何度でも電話をかけるんですね」(寺尾准教授)
検診を何度も促すことで、その重要性をアピールしているわけだ。
アメリカでは20代は3年に1回検査
「アメリカでは、性交渉が始まって3年くらいしたら受けてくださいという流れです。だいたい20歳くらいから始めて、20代は細胞診検査のみ3年に1回、30代以降はHPV検査と細胞診検査の併用で、異常がなかった場合は5年ごとでよいとされています。
65歳まで検診を受け、過去に異常がなければそれ以上は必要ありません。それ以降頸がんになる可能性はほとんどないためです」(寺尾准教授)
発病の可能性がある年齢、がん化する前に見つかる期間に検診を受けるということだ。
「フランスも同様で、3年ごとに検診を受け、年齢にも上限があります」(寺尾准教授)
日本では発症ピークの年齢の女性が受けない
「日本の場合、受診率は3割にも達しません。しかも発症のピークが30〜40代にも関わらず、その年代の女性がほとんど受けていないのです。これが一番の問題です。
パンフレットを配るなどの啓蒙をしていますが、まだまだ足りません。イギリスのように行政の積極的な働きかけがあれば、もっと子宮頸がんを防げる可能性があります。
また、不正出血があった場合には、検診ではなく外来を受診してください。早期発見につながります」(寺尾准教授)
各国の検診状況を見ると、考え方の違いがハッキリ分かる。検診の目的は「頸がんを早期発見すること」だが、早期発見することの目的は、がんで亡くなる人をなくすことと、治療のために不妊になってしまう女性をなくすことだ。そのために検診を受けるのに必要なペースが決められているというわけだ。
「欧米のように3~5年に1回でもいいんです。もう少しターゲットを絞って、その人たちに全員来てもらう勢いで検診を推奨しないと意味がありません。検診の仕方をもう少し考えなくてはいけないのではと思っています」(寺尾准教授)
HPVワクチンを女性だけでなく男性にも接種する国も
本来、ウィルスなどに感染すると、免疫ができて同じウィルスには感染しなくなる。しかしこのHPVは上皮表面だけに留まり、抗原が体内に入っていかないため、抗体が作られないという。そのHPV感染を防ぎ、撲滅させようとしているのが、HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)だ。
「オーストラリアでは、2007年から国を挙げてHPVワクチンを接種しています。日本では女性だけですが、オーストラリアでは女性にも男性にも接種しています。その結果、ワクチンを打つ前の感染率を100とすると、接種後にHPVが発見された人は22%でした。78%の人は、感染していません。
ワクチンは3回打ちますが、3回終了した方はほぼHPVの感染がない状態です。ここで興味深いのは、このプログラムが実施された後、ワクチンを打っていない人の感染率も下がっていることです。全員がワクチンを打てば、もしかしたら感染する人はいなくなるかもしれません。それくらい、ワクチンの接種は大切なのです」(寺尾准教授)
日本では2013年よりワクチンの定期接種を中止している。日本産科婦人科学会がワクチン定期接種の再開を強く求める声明を出している(「HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種の早期の勧奨再開を強く求める声明」http://www.jsog.or.jp/statement/statement_171211.html)。
子宮頸がんは原因が明確だ。そのため予防がかなりの確率で可能になっている。にもかかわらず日本では、感染を予防するワクチンの接種も、早期発見が可能な検診の受診率もかなり低いという危機的状況にある。
講座を受けるまでは、定期検診のシステムがこのようにデータを元に作られていることも、公費で検診を行う意味も考えたことがなかった。しかしそこには、考えていたよりもはるかに多くのデータや、人命やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)について熱い気持ちを抱く医師たちの思いがあった。
一方で世の中は、声の大きなもの、感情を動かされやすいものについていってしまう。ほぼ完璧に行うことができる子宮頸がんの予防を、今の日本はみすみす逃しているのだ。周囲にも、がんになり、絶望的な気持ちを抱えた女性が何人もいる。彼女たちの苦しみは、現在の医学なら予防できたことなのだ。
20代〜40代の女性たちは、信頼できる医師を見つけ、検診に行こう。そして行政や医療機関も今以上にわかりやすく「響く」情報提供をしていく必要があるのだろう。
寺尾泰久 てらお・やすひさ
順天堂大学医学部産科婦人科学講座・先任准教授
1996年順天堂大学卒業。米国留学を経て、2007年より同・准教授。婦人科診療・手術の傍ら子宮体がんの個別化医療に向けての基礎研究を行っている。専門は婦人科悪性腫瘍。
☆まなナビ☆は、各大学の公開講座が簡単に検索でき、公開講座の内容や講師インタビューが読めるサイトです。トップページの検索窓に大学名を入れたり、気になるジャンルをクリックすると、これから始まる講座が検索できます。
◆取材講座:「恥ずかしがらずに受けよう・勧めよう子宮がん検診」(順天堂大学医学部附属順天堂医院)
取材・文/和久井香菜子 写真/まなナビ編集室