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女性を救うホルモン補充療法 がんリスクは本当か?

エストロジェンが空になると様々な不調が……  (c)Double-Brain/Fotolia

赤い部分はエストロジェンの量、menopauseとは閉経・更年期をあらわす。閉経を境に急激に減るのがわかる (c)Double-Brain/Fotolia

更年期以降、女性ホルモン・エストロジェンの低下で大混乱に陥った女性の体を本来に戻すのがホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy=HRT)だ。しかし、がんリスクの増大や経済的負担を恐れる人も多いだろう。脳とホルモンの研究の第一人者で田中クリニック横浜公園院長としてホルモン補充療法を行っている田中冨久子先生(横浜市立大学大名誉教授)は、横浜市立大学市民講座「ホルモン補充療法とは」でホルモン補充療法の実際を解説した。

日本はホルモン補充療法後進国

女性の体はエストロジェンがあるのが普通の状態で、ないのは異常な状態だ。エストロジェンが欠乏した異常な状態になった閉経後の女性の体は、骨や血管がもろくなり、海馬は弱まり、動脈硬化、心臓病、骨粗しょう症、大腸がん、アルツハイマー型認知症などになりやすくなってしまう。
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体を普通の状態に戻すため、エストロジェンを補充するのがホルモン補充療法(Hormone Replacement Therapy=HRT)だ。

しかしまだ日本ではホルモン補充療法が広く認知されておらず、閉経後女性におけるホルモン補充療法の普及率は、オーストラリア56%、アメリカ38%に対して、日本は1.7%にとどまっている。そのひとつに、子宮がんや乳がんになるリスクが上がるのではないかという不安があるようだが、それについて田中先生に訊いた。

子宮のある人は黄体ホルモンの併用が必要

田中先生は説明する。

「ホルモン補充療法が乳がん・子宮がんのリスクを増大させると思っている人は多いと思いますが、じつは、子宮のある人、子宮のない人によって、変わってきます。

子宮のない人の場合、子宮がんリスクはありませんし、エストロジェンのみを投与するエストロジェン単独療法(Estrogen Therapy=ET)であれば、乳がんリスクには影響がなく、逆に乳がんリスクを下げるというデータもあります。

しかし子宮を有する人にエストロジェンのみを投与すると、子宮内膜が増殖し、子宮がんリスクが上がります。そのため、黄体ホルモンを同時に投与するエストロジェン黄体ホルモン併用療法(combined EstrogenーProgestogen Therapy=EPT)を行います。

このEPTが乳がんリスクを上げるのでは、とかつては考えられていましたが、近年、その影響は小さいとされました」(エストロジェン・プロジェステロンについては「生理前のイライラもホルモンのせい ホルモンが人体を動かす」参照)

そして、日本産科婦人科学会・日本女性医学学会の編集・監修による『ホルモン補充療法ガイドライン』が最近大きく変わった。

乳がんと子宮内膜がんリスクへの影響は小さい

ホルモン補充療法ガイドライン』(日本産科婦人科学会・日本女性医学学会 編集/監修)の2012年版ではこうなっていた。

●長期のEPT(エストロジェン黄体ホルモン併用療法)の施行は湿潤性乳がんリスクを増加させるが、5年未満の施行であればリスクは上昇しない。
●HRT(ホルモン補充療法)による乳がんリスクは試行期間が長くなるとともに上昇するが、HRT中止により消失する。

しかし『ホルモン補充療法ガイドライン』2017年版では以下のように変わった。

●乳がんリスクに及ぼすHRTの影響は小さい。
●HRTによる乳がんリスクは、主として使用される黄体ホルモンの種類とHRTの施行期間に関連している。
●乳がんリスクはHRTを中止すると低下する。

加えるに、『ホルモン補充療法ガイドライン』2017年版では、子宮を有する女性においてEPTは子宮内膜がんのリスクを上昇させない、と記された。

リスクは少ないとはいえゼロではないだろう。そこで田中先生が院長を務める田中クリニック横浜公園では、ホルモン補充療法をする人に年1回の子宮がん検診と乳がん検診を義務づけているという。2011年にクリニックを開業してから、このクリニックで新たにホルモン補充療法を開始した人で、乳がん、子宮がんを発症した人はいないという。

また、この『ホルモン補充療法ガイドライン』2017年版には、EPT・HRTに期待される作用・効果として他のがんに効果がある可能性も言及されている。

●EPTは大腸がんのリスクを(約40%)低下させる。
●HRTは胃がんのリスクを低下させる可能性がある。
●HRTは食道がんのリスクを低下させる。

閉経直後に始めるのが理想的 

ホルモン補充療法が保険診療で受けられるのかどうかも気になるところだが、田中先生が院長を務める田中クリニック横浜公園を含めて、基本的なホルモン補充療法は保険適応で行われている。

実際の治療は、経口投与あるいはパッチ(貼り薬)を貼るなどにより行う。貼り薬の場合は、たとえば、2日あるいは3〜4日に1回パッチを取り換えるだけでよいという。田中先生はパッチのほうが肝臓を通過することによる影響がないのでおすすめだという。

始めるのに最も適しているのは、更年期を迎えたばかりの人だという。まだ少しでもエストロジェンが残っている状態で始めたほうがよいからだ。これまで話したようなエストロジェンの体と脳への作用を考えると、すこしでも早く始めた方が良いだろうが、心・血管系などの変化を調べた上で、補充するホルモン量も考慮したうえで、開始するのが望ましいとのことだ。

田中先生のクリニックには70代の女性も通ってきており、治療の効果を実感しているという。講座では、ホルモン補充療法を受けて1か月後の患者さんの感想も紹介された。

「毎朝、死にたいと思って起きていたけれど、お腹がすいたーと起きるようになった」
「怒らなくなって、家族が一番喜んでいるかも」
「会社を辞めてしまったけれど、また職探しを始めた」
「朝、家族を何とか送り出したあと、すぐにソファーでごろごろしていたけれど、それをしなくなった」
「物忘れがなくなって、快調に仕事をしています」
「初めてパッチを貼って寝たら、次の朝、シャキッと起きられた」 

気になるけれどもなかなか学ぶ機会もなかったホルモン補充療法。脳とホルモン研究の第一人者からじかに学ぶことのできる貴重な機会に感謝したい。

田中(貴邑)冨久子
たなか(きむら)・ふくこ 医学博士、横浜市立大学名誉教授。田中クリニック横浜公園(更年期女性外来/生活習慣病外来)院長。
1964年横浜市立大学医学部卒業、同大大学院医学研究科修了後、同医学部教授、同医学部長を歴任。専門は生理学、神経内分泌学、脳科学。平成29年秋の叙勲において瑞宝中綬章を受章。主著に『女の脳・男の脳』『女の老い・男の老い』(ともにNHKブックス)、『脳の進化学』(中公新書ラクレ)、『がんで男は女の2倍死ぬ』(朝日新書)、『カラー図解 はじめての生理学』上・下 (講談社ブルーバックス) 。学会活動は貴邑冨久子として行っている。

◆取材講座:「ホルモン補充療法とは」(横浜市立大学市民医療講座/アートフォーラムあざみ野)

取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)