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変体仮名、パズルのように読み解いて日本文化を鑑賞

「和歌と伝統文化」を講義する兼築先生

蕎麦屋の看板を見て「生??」と思ったことはないだろうか。箸袋を見て「御手??」と悩んだことはないだろうか(答えは「生そば(きそば)」と「御手もと(おてもと)」)。あの読みにくい部分が変体仮名、くずし字の仮名だ。”変態”でなく”変体”。1900年に仮名の活字が統一されるまで、1000年以上、日本ではこのくずし字の仮名が使われてきた。日本の伝統文化である和歌を、くずし字の仮名で読み解く講座がある。

和歌を詠み解くことは脳トレだ!

平仮名は漢字から生まれた。元の漢字の草書体がもっとくずれた形で、たとえば「可」や「加」などから「か」が、「乃」や「之」などから「の」が生まれた。平安時代の『源氏物語』も、江戸時代の『おくのほそ道』も、こうした変体仮名とくずし字の漢字で書かれている。この仮名が、今私たちの使っている字体の仮名に統一されたのはわずか117年前の1900年のこと。1900年に統一される前の、1000年以上の長きにわたって使われてきたこの仮名を、今の仮名と区別するために変体仮名と呼んでいる。

「和歌と伝統文化」というテーマで何年も続いている早稲田大学エクステンションセンターの和歌講座では、素材を学期ごとに変えながら、変体仮名で和歌を読み解いていく。講師は、早稲田大学文学学術院教授の兼築信行(かねちくのぶゆき)先生。

「受講生にはお茶やお香を嗜んでいる人も多くいます。たとえば茶室に掛けられた茶掛けをさらりと読めるようになりたいものですよね。美術館に展示されている屏風や掛け軸にしても、何が書いてあるのかちっともわからないより、少しでもわかるほうが楽しい。しかも日本文化の粋といえる和歌も同時に学べますから、皆さん、とても熱心に通われます」(兼築先生。以下「 」内同)

今回取材したテーマは「西行と定家」。テキストは西行の『宮河歌合(みやがわうたあわせ)』だ。受講生の手元には、下記のようなテキストがある。さあ、これを読み解いていくのだ。

テキストである『宮河歌合』の一部

西行が自分で選び、定家が判をつける

講義の内容に入る前に、ざっとテキストやテーマについて説明をしておこう。

『宮河歌合』は、大歌人である西行が、その最晩年に伊勢神宮に奉納するためにつくった「歌合(うたあわせ)」だ。歌合とは、大晦日の紅白歌合戦のように、左方と右方の二手に分かれて互いに一首ずつ歌を詠んでいき、その優劣を競うチーム戦だ。これを最晩年の西行は、自分の歌から優れているものを選んで左右に配し、自分の歌だけで歌合を作った。さすが生涯に詠んだ歌が2300首にもなるという西行である(このあたりの詳細な内容は別記事「西行と定家。44才差の才能が名応酬見せた歌合わせ」参照)。

歌合はチーム戦だから、ジャッジする人が要る。このジャッジメントの文章を判詞(はんし)といい、誰が判詞を書くかが歌合せの価値を決める。そこで西行が目を付けたのが、自分より44才年下の若き歌人、藤原定家だった。定家はのちに『新古今和歌集』や『小倉百人一首』の撰者として知られることになるが、この時はまだ26才。したがって『宮河歌合』は、西行がその最晩年に、自分の膨大な歌からどんな歌を選んでどう組み合わせたのか、それに対し、才あふれる定家がどういう判詞をつけたのか、が最大の読みどころとなる。

変体仮名を読むのはクロスワードパズルにも似て

講義ではまず最初に、受講生が一人ずつ順番に、変体仮名のテキストをちょっとずつ読んでいく。読めなくて詰まっても、先生が助けてくれる。

この変体仮名、わからない文字がひと文字ふた文字あっても、その上下の字から類推できたりして、まるでクロスワードパズルのようで面白い。まるで数独の文字バージョンのようだ。記憶と想像の繰り返しで、脳トレみたいな頭の体操になる。

黒板から目が離せない

受講生が歌を詠み終わると、先生の解説に移る。本記事では、最初の一番の左歌・右歌のみ、活字で示そう(読みやすさのために平仮名を漢字にするなど表記を変えている)。

 一番
   左  玉津嶋海人
万代(よろづよ)を山田の原のあや杉に風しきたてて声よばふなり。
   右  三輪山老翁
流れ出でてみあとたれますみづがきは宮河よりやわたらひのしめ

先生はさらさらと黒板に歌を記し、元の漢字を仮名の横に記す。受講生はそれを見ながら、テキストと活字とを見比べていく。

一番の左歌

一番の右歌

「左歌の作者は玉津嶋海人(たまつしまのあま)、右歌の作者は三輪山老翁(みわやまのろうおう)とありますね。玉津嶋は和歌の浦(和歌山県)の神様で、和歌の神様。三輪山は『万葉集』にも詠まれてきた大和の国(奈良県)の山。つまり歌にまつわる、海の人と山の人をペンネームにしたわけです。

左歌は、伊勢の山田(伊勢神宮の外宮のある地)に生えている大きな杉の木に風が吹くと、この神の社の永遠なる世を祝うように聞こえてくるよ、という意味です。

そして右の歌は、流れるようにしてここに御跡を垂れていらっしゃる(垂迹(すいじゃく)していらっしゃる)このお社は、この宮河から渡った度会(わたらい)の地にしめ縄をかけていらっしゃる、という意味です」

先生は古語やその背景をこまかく説明していく。さらに、これにつけらえれた定家の判詞について説明する。

「左の歌も右の歌も凡俗から隔絶して奥深い内容です……とまず述べる。そして、杉の木の上を吹く風の音を聞く左歌は柿本人麻呂の表現を思わせ……と左歌をほめる。宮河の流れを詠んだ右歌は深く蒼海の底を探るようだ……と右歌をほめる。左右の歌それぞれすばらしく、才能の乏しいわたしではなかなか判断がつきにくい、そこで引き分けとします……と、引き分けで終わります」

この後も先生は、西行と定家の関係について、さらに奥深い解説を加えていく(その話は別記事「西行と定家。44才差の才能が名応酬見せた歌合わせ」で)。眠っているヒマなどない。文字を見落とすまいと、説明を聞きもらすまいと、大学の頃に戻ったような、充実した90分だった。

〔前の記事〕
西行と定家。44才差の才能が名応酬見せた歌合わせ

〔あわせて読みたい〕
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取材講座:「和歌と伝統文化──西行と定家」(早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校)

取材・文・写真/まなナビ編集室