黒板にさらさらと、くずし字が
「『品』という文字は、しっかり筆の動きを頭に入れて読みましょう。『所』とか『早』とかと間違えやすいですよ」
上の写真で、一番右の文字は「摂」。その左の行に書かれた文字は「別」「品」「所」。そして「所」の左隣に書かれたのが「早」。説明するのは、早稲田大学エクステンションセンターで「初歩から学ぶ古文書」を指導する久保貴子先生(早稲田大学講師・昭和女子大学講師)だ。
この講座の主な受講者は古文書を初めて読む人。テキストに出てくる文字を、久保先生はみずから黒板にさらさらとくずし字で書いて、説明していく。目の前で板書される筆致を見ていると、私も読めるようになるかも? と思えてくる。
受講した2017年春講座(全10回)では、江戸時代に書かれた古文書を使って、旧字や異体字、古文書特有の言い回しなど、実例(テキスト)に則して解説していく。初回にテキストのコピーが配られるので、2回目以降は受講者は事前に予習ができる。講義当日はくずし字を活字に直したものが配布され、講義を聞きながら読んでいく。
違う字なのに、くずすと似てくる字も
今学期のテキストは「品々御用被下物留(しなじなごようくだされものとめ)」。接待などの公用に従事した幕臣に対し、褒賞の辞令や手続きなどを書き留めた帳簿である。2017年春講座では、寛政10年(1798)の記録からテキストが選ばれた。
こう書くと難しそうだが、先生がくずし字を分かりやすく板書をしながら説明するため、古文書講座を初めて受ける記者でも大変わかりやすい。先生によれば、くずし方には一定のルールがあるので、一部のくずし方がわかると、同じ部首をもつほかの字も読めるようになるという。「番」の字も江戸時代の古文書によく登場する字であるが、「米の下に田があるイメージ」と捉えると、分かりやすくなるという。
しかし厄介なのが、違う文字なのに、くずすと似た文字になるケース。冒頭に挙げた 「品」「所」「早」なども、くずし方が似ているため混乱しやすい文字の一つである。同様にくずすと似てくる文字として、「應(応)」と「慈」、「采」と「宋」などが指摘された。
判別できないときは文脈で
くずし字が似ていて判別できないときはどうすればよいのだろう。久保先生は端的に、「そこは文脈で理解しましょう」と言う。それは一つの漢字が二つ以上の読み方や意味を持つ場合も同じ。
「たとえば、『併』という字は〈しかしながら〉と読むことが多いですが、ここでは〈あは(わ)せて〉と読まないと意味が通じません。くずし字が読めるのも大切なことですが、その古文書の背後にある歴史的な経緯なども頭に入れながら読むと、どんどん読めるようになるし、おもしろくなりますよ」(久保先生)
くずし字の一文字一文字を時間をかけて読み解きはじめると、徐々に文書全体の言わんとしていることが理解できるようになる。点が線になり、線がストーリーになっていく。古文書初心者どころか入門者である記者も、板書を眺め、耳を傾けていると、なるほど、だんだんくずし字マジックにハマっていきそうになる。これが初の受講であるにもかかわらず、随分と上達したものだ。
掛け軸や浮世絵の文字が読めたら
講座終了後、隣で受講していた方が話してくれた。
「わたしは美術館巡りが大好きなんです。だけど、掛け軸や浮世絵の絵のそばにちょこっと書いてある内容がまったく読めないのがつまらなくて……。それで初めて古文書の講座に来てみたんです。すらすら読めるようになるにはまだまだだけど、でも、いつかそうなったら、楽しいですね」
久保先生によれば、美術愛好家や歴史愛好家、なかには代々伝わる文書を読みたいという人も受講しているそうだ。そうした人向けに、文字の読み方やテキストの内容・歴史的背景だけでなく、古文書まわりのちょっとした知識の解説もある。
受講した日は、文書の錯簡(さっかん)に注意しましょう、という助言を受けた。錯簡とは、ページの綴じ間違いのこと。たとえば帳簿などで、最初から帳面になっているものであれば錯簡は起きないが、後で帳簿にしたり、綴じ直したりする際に順番を間違えてしまうことがある。読むときには、そういうこともあることを念頭に置いて読みましょう、ということだ。
古文書はとても地味な世界だが、そこに書かれているのは200年前、300年前に実際に存在し、活動し、金銭のやりくりに悩んだり、褒められたり叱られたりした人々の記録そのものだ。リアルなメッセージから、江戸時代の人々の様子が垣間見られるとは、なんとロマンある楽しみだろう。
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取材講座:「初歩からまなぶ古文書」(早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校)
文・写真/yukako