火星への旅は片道6か月
2017年3月、同志社大学京田辺キャンパスで行われたシンポジウム「語ろう! 宇宙への夢 月・火星への挑戦」は、「宇宙環境への人体の適応機序解明と地球上の健康増進を目指して」という長い副題のとおり、まさに宇宙環境が人体に与える影響とそれに適応する機序(メカニズム)について討論する場となった。
シンポジウムの基調講演を行ったのは、NASA(アメリカ航空宇宙局)ジョンソン・スペースセンターのアンドレア・ハンソン博士(Dr.Andrea Hanson)。NASAが2030年代に火星での有人探査を実現する、と宣言している今、人が宇宙へ行くということは、現実的にどのような影響を人体に与えるのだろうか。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)のホームページを見ると、「宇宙環境」について、「微小重力、高真空、良好な視野、宇宙放射線などの地上では容易に得ることのできない特徴」があるとしている。この「宇宙環境」は人体には後に述べるさまざまな悪影響を与えるが、得難い実験場でもある。
たとえば、たんぱく質のきれいな結晶を作ることは、重力の影響を受ける地上では難しいのだが、微小重力の宇宙では品質の高い結晶を作ることができる。このように、宇宙環境は、新しい素材の開発や薬の研究などにうってつけの環境なのだ。
しかし、人間がこの環境(微小重力、高真空、良好な視野、宇宙放射線)にさらされると、人体にさまざまな悪影響が出る。それは具体的には、筋肉量や骨密度、心肺機能の低下といった問題であり、宇宙滞在が長期になればなるほど影響は深刻となる。
その影響を最小限にとどめるため、たとえば火星に行くとするならば、いまNASAは、往路6か月、復路6か月、火星での滞在は1年、という計約2年の行程を想定している。
出迎える人のいない火星に到着する宇宙飛行士
しかし往路6か月の間に、身体機能が衰えてしまったらどうなるのか。火星に到着したとき火星には、地球に帰還したときのように出迎えてくれる人はいないのだ。自らの力で着陸し、その後の探査をした上で地球に帰らなければならない。
火星旅行に人間が耐えるために必要なのが「トレーニング」だとハンソン博士は語る。筋肉量を維持し、骨密度を保ち、心肺機能を維持する。そのトレーニングを、宇宙船の中で行なうのである。
宇宙船の中での運動は、微小重力状態の中での運動となる。ただ運動すればいいというものではない。例えば、運動強度はどれくらいが適正なのか。一日何時間の運動をすれば維持できるのか。トレーニング用の機材を積むにしても、NASAの新型宇宙船「オリオン」は小さすぎて、機材を人数分詰め込むことは難しい。また、運動をし過ぎてもいけない。微小重量状態の中では、血液や体液の循環も地上とは異なるのだから。
宇宙に人体を適応させるための効果的で、効率的なトレーニング方法とは何か。ハンソン博士は動物実験などを行いながら、適切なトレーニング時間を導き出そうとしている。これが副題にある「宇宙環境への人体の適応機序解明」につながるのである。
そして同志社大学宇宙医科学研究センターもまた、この問題に取り組もうとしている。ハンソン博士は最後に同志社大学と桜の写真をあげ、「Congraturation!」 と基調講演を締めくくった。
〔前の記事〕宇宙医学の進歩が寝たきり予防に役立つわけ
(はやぶさのサンプル採取装置の開発者である京都大学工学研究科名誉教授・土屋和雄氏先生の記事は後日掲載いたします)
取材講座データ | ||
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語ろう! 宇宙への夢 月・火星への挑戦」シンポジウム | 同志社大学京田辺キャンパス | 2017年3月10日 |
2017年3月10日取材
文・写真/植月ひろみ