CDやレコードが主流の頃は
今日は2030年の日本経済について考えてみましょう。なぜ2030年かというと、あまり先のことを合理的に予想するのは無理があるからです。例えば、30年前の1987年の段階で、今の日本経済の状況が見えていた人はいなかったはずです。現在の延長線上で構想できる未来は、せいぜい10年ちょっと。その意味で2030年ごろを念頭に置くのが妥当でしょう。
これからの経済について考える際に押さえるべきは、需要が供給を創造する、という点です。大学の講義では、需要と供給のうち、小さいほうが経済を決めるという「ショートサイド原則」を教えますが、どうもそれが当てはまらないビジネスが増えている。
例えば、音楽コンテツビジネスを考えてみましょう。CDやレコードが主流の頃は、そのプレスが間に合わなければ販売できませんでした。供給側のキャパシティに依存していたわけです。ところが今のようなダウンロード販売では、そうした問題は起こりません。つまり、かつては動かなかった供給能力の天井(上限)が、今では押せば容易に動くにようになってきたのです。
さらに、私たちは今、以前ほどモノそのものを欲しがらなくなりました。消費の対象が、モノから経験や思い出、楽しみ方そのものに移行しているのです。そうなると、経済にとって重要なのは、工場の生産ラインのキャパシティではありません。むしろ、人々がどれほどの財やサービスを求めるか、ということが大切です。これが「需要が供給を創造する」という意味です。
そうした社会で供給を向上させるには、どういう財やサービスを提供すれば人々に求められるかというアイデアが最も重要です。その意味で、地方創生を考える際にも新たなアイデアを生みやすい環境づくりができるかどうかが鍵になるのです。
ロボットがもてなす「変なホテル」の狙いは?
地方創生と経済活性化の話題になると、必ず出てくるのが人口減少の話です。人口はこの先減る一方なのだから、縮小経済との付き合い方を探るべきだ、という考え方です。私はこの発想は、悲観的もしくは誇張され過ぎていると感じます。
日本の人口が最も減少するのは2030年代ですが、そのころでも高齢者や女性の就労率の上昇を考えると労働人口の減少は年率で1%くらいです。それによって、経済成長率は今より0.6~0.7%低下しますが、それでも1%以上の成長率は維持できます。マイナス成長を前提にするのは明らかにおかしい。
さらに、人口減少下の人手不足は成長戦略にもなり得ます。18世紀後半に起こった産業革命を例に考えてみましょう。
産業革命がなぜイギリスで起こったのか? これは、経済史上の大きなテーマなのですが、最近では、イギリスの賃金が高かったから、という説に注目が集まっています。
イギリスは肥沃な農地が少ないため、若く健康的な男性は外国に出稼ぎに行ってしまい、慢性的に人手不足でした。そうすると、実質的な賃金が上がります。そこで経営者たちは、なんとか人件費を抑えて効率化を図ろうと、世界で初めて紡績機械を本格導入します。
こうした経緯から日本もヒントを得ることができます。今、IoT(「モノのインターネット」=さまざまな物がインターネットにつながって情報交換する仕組み)やAI(人工知能)、ロボティクス(ロボット工学)など、新しい技術革新が進んでいますが、ビジネスでの効果的な活用方法は見いだせていません。AIが囲碁に強いと言われても、ビジネスにどう役立てていいか、誰もわかっていないんです。
長崎県のハウステンボスにある「変なホテル」をご存知でしょうか。AIを備えたロボットが接客するホテルとして話題を呼んでいます。このホテルの狙いは、人手を極限まで抑えたホテル運営のノウハウを蓄積することです。
少子高齢化は日本だけでなく世界中で避けられません。そうした中で、日本が人口減少に対応するノウハウを持っていれば、それがいい輸出品になるはずです。
*本記事は2017年6月5日掲載記事の再掲載です。次回「セクシャルマイノリティが住みやすい町が成長する真の理由」は5月31日公開予定です。
文/小島和子 写真/小島和子(講座写真)、(c)oneinchpunch / fotolia、(c)ハウステンボス/J- 18037