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五輪の仰天写真事情と米NBCが払う4950億円の意味

2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会。「上っつらを知っただけでは、このオリンピックというすごい装置が日本で開催される機会を無駄にしてしまう」――「基礎」と銘打ちながらも高度な教養を学べるこの講座は、報道・広告代理店から都庁職員まで最前線の受講者が集まる情報交換の場ともなっている。

上智大学の公開講座は、多くの現役教員が担当するのが特徴。本講座は、文学部保健体育研究室教授の師岡文男先生が担当する。

「2019年ラグビーワールドカップ」「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」「2021年関西ワールドマスターズゲームズ」。全世界からたくさんの観客が集まるこれらの国際メガスポーツイベントの支援活動に関わってみたいという人も多いだろうが、どのような知識が必要なのか。

この講座では、大会組織委員会関係者、関係省庁職員、パラリンピック研究者やボランティア・通訳・メディアなど、第一線で活躍する専門家から学ぶことができる。

この日、ゲスト講師として登壇したのは、IOC(国際オリンピック委員会)プレス委員で国際スポーツ記者協会理事、JOC(日本オリンピック委員会)理事を務める竹内浩先生。昨年開催されたリオ五輪の取材現場の実情を、自ら撮影したものも含め貴重なイベントの裏側写真とともに語り始めた。

まず映し出されたのは、フォトグラファーが何重にも連なってカメラを構える姿。

フォトグラファー800人が集結

「IOCはプレスの総数をどの夏季大会でも約6000人と規定しているのですが、うちフォトグラファーは1500~2000人、約3分の1を占めています。ウサイン・ボルトのトラック競技決勝には、その半数の約800人が集結していました」(竹内先生。以下「」内同)

このトラック競技よりも熾烈な争いとなるのが、競泳種目。プールサイドの限られたスペースしかないため、フォトグラファーの数が制限される「ハイデマンドチケット」(IDに加えて特別に配布されるチケット)となる。日本にはわずか20枚程度しか配布されない。

「失敗は許されないからこそ、年々技術革新が進んでいる」と竹内先生は語った。

一瞬を切り取ろうとするカメラマンたちに加え、無人カメラも活躍している

1秒にシャッター15回。1分半後には……

「無人カメラにお気づきでしょうか。これは、1秒間に15回シャッターを切れるロボティクスカメラ。事前にピントを調整しておいてリモコンでシャッターを押すのですが、高速でもすべてピントが合ったきれいな写真が撮れるんです。

配信のスピードも格段に上がっています。昔はカメラマンが撮影したらラボに持って行き、そこから配信という手順がありましたが、今はシャッターを押すとダイレクトにラボに飛びます。誰がどの競技でという情報を入れて、わずか1分半で世界に配信できるのです。スキー競技のダウンヒル(滑降)がだいたい1分半かかるのですが、スタート時の写真がゴール時には配信済みというような時代です」

これには、出席した受講生からも感嘆の声があがった。竹内先生は続ける。

「では記者はどこにいるかというと、競技場からロッカールームに帰るまでの動線に設けられたミックスゾーンという場所です。1984年までは、選手たちは競技後、ロッカールームに入ってから会見場で会見をしていたのですが、競技直後の生々しい声を拾いたいと、ミックスゾーンが1984年に設置されました。トラックで3冠を達成したウサイン・ボルトの時は一言でも彼の肉声がほしい、と世界中の放送権者が集まり、全部回るまでに1時間かかっていました」

IOCが断れないNBCのリクエスト

IOCの収入(2009年~2012年の4年間)は約6400億円。そのうち74%(約4700億円)と圧倒的に大きな部分を占めるのが放送権収入だ。

「リオ五輪では競泳の予選は現地時間の13時~15時20分ですが、決勝や表彰式は22時~24時という、非常に遅い時間に行われました。実はこれ、アメリカのゴールデンタイムともいうべき21時から23時にあたります」

それはなぜか。

「アメリカのテレビ局NBCがIOCに巨額を投じていることが大きいのです。NBCは2014年ソチ冬季五輪から、2020年東京夏季五輪の4大会分の放送権約4950億円にとどまらず、2022年から2032年までの6大会分の放送権約8760億円も契約済みです。アメリカがこの時間にしてくれといえば、IOCも断れない。長野五輪の開会式が朝行われたのも、そういう背景がありました」

トランプ大統領に反論

しかしメディアはカネと権力の言うなりにばかりなっているわけではない、と竹内先生はひとりの記者の話を始めた。

「ドイツの公共放送ARDの記者、ハヨ・ゼッペルトという人物です。この記者が2014年に素晴らしい仕事をしました。かねてからロシア陸上界のドーピングの噂は絶えなかったのですが、決定的な証拠がなかったんですね。そこで、ゼッペルト記者はソチ五輪の前にその実態を何とかリポートできないかと、2013年秋ごろから一生懸命取材をしていたのです。すると、ロシアのドーピングに関わっている人物の方から、『国内で訴えても揉み消されるだけ。むしろ身が危ない』と託されることとなったのです。

この内部告発をしたのは、ロシアの陸上女子・長距離選手のステパノワと、その夫でした。夫はロシア反ドーピング機関の検査官で、彼女と結婚するまで自分はドーピングをする選手を取り締まることができていると思っていたそうです。

でも結婚した後、奥さんから『うちの陸上チームはほとんど全員やってるのよ』という耳を疑うような話を聞かされる。それがきっかけとなってシカゴマラソンで3連覇した選手も、ロンドン五輪800mで優勝した選手も、みんなドーピングをやっていたことがわかっていきました。

これをARDは1時間のドキュメンタリー番組にしました。これを機に、世界反ドーピング機関(WADA)が調査を開始、ロシアの国家ぐるみの隠ぺい工作が明らかになり、ロシア勢はリオ五輪の出場が厳しく制限されることになりました」

使われた薬物は、いわゆる筋肉増強剤ではなく、自分の成長ホルモンを過剰に分泌させるもの。体内でも分泌されるので、ドーピングかどうかを見極めるのが難しかったが、最新テクノロジーでそれを突き止められるようになったことも、告発を後押しした。

「国が揉み消そうとした事実を、たったひとりのドイツ人記者がメスを入れた。メディアによるスポーツの民主化は、オリンピック精神そのものなんです。だからこそ“メディアはいらない、SNSをすれば済む”という、トランプ新大統領に、ゼッペルト記者の功績を挙げて反論したいですね(笑)」

(続く)

〔先生のココイチ〕 今回の講師の竹内浩先生は、リオオリンピックでレスリングの吉田沙保里選手が金メダルをのがしたあとの会見もアテンドしていたまさにオリンピックのまっただ中にいる人物。

〔大学のココイチ〕 上智大学はオリンピック・パラリンピックとの関係が深く、2016年10月には国際パラリンピック委員会フィリップ・クレー ブン会長による講演会も開催された。

 

〔おすすめ講座〕国際メガ・スポーツイベント支援基礎教養講座

取材講座データ
オリ・パラ、ラグビー、マスターズ支援基礎教養講座 上智大学公開講座 2016年11月7日~2017年1月30日

2017年1月23日取材

文/まなナビ編集室 写真/上智大学、Adobe Stock