ひとりひとりの個性を見ることが必要とされる時代に
——近年、多くの大学が臨床心理士養成の大学院を開設するなど、臨床心理士のニーズはどんどん高まりを見せています。きっかけは何だったのでしょうか。
広く知られるようになったきっかけは、’95年に「スクールカウンセラー事業」として文科省(当時の文部省)が臨床心理士をスクールカウンセラーとして起用したことでした。いじめと不登校が問題になり、生徒たちのひとりひとりの個性をみるという臨床心理学の視点が学校の中に必要だと判断されたわけです。ここ20年で、教育分野で活躍の場がある、と認知されたように思います。1995年の阪神・淡路大震災の折に、心のケアに活躍したのも臨床心理士という名前が広く知られるきっかけでした。
——そこまで必要とされている臨床心理士とは、どういった仕事なのでしょうか。
一言で言うなら、人の心の問題に取り組む専門家。臨床心理学の基礎知識やさまざまなスキルを持ったうえで、心に問題を抱えている人に寄り添い、その人が問題解決をするための手助けをする人です。高度な専門性が求められるため、日本臨床心理士資格認定協会の指定した大学院修了後に試験に合格すると得られる資格です。
うつや不登校など、どの家庭・学校・会社にもさまざまな問題があるでしょう? 地域社会や家族制度の中である程度解決できていた問題もあったと思いますが、核家族化し、高度情報化社会となり、地域のコミュニティーも失われつつあるいま、医療や福祉、企業、警察関連、司法の分野…と、人が存在するすべての場所に、心の専門家のニーズがあるといってもいいかもしれません。
臨床心理学はほかの心理学とここが違う
——臨床心理学は、一般にいう心理学とどこが違うのですか?
臨床心理学は “実践の学” なんです。心理学というのは、幅広い分野を扱っていて、視覚の仕組みや記憶の仕組みなど、実験でデータを取り、科学的な手法に基づいて一定の法則を見つけるという実験室で育ってきた分野も多いのですが、臨床心理学は、医療の現場や教育の現場、また職業指導の現場で育ってきた歴史を持っていて、心の問題で困っている方を実際の場で援助する、まさに “実践の学” です。
——小野先生の放送大学大学院の臨床心理学プログラムでは、主にどんなことを学ぶのでしょうか。
学ぶ内容の大きな柱の一つは、「アセスメント」という、その人がいまどんな状態にいるのかを見極める方法ですね。対話での方法もあれば、心理テストを用いる方法もあります。その心理テストも、質問紙法だけでなく、バウム・テスト(樹木画法)や風景構成法などという描画を用いた方法なども学びます。
学ぶ内容のもう一つの大きな柱は、なんといっても「心理療法」についてです。フロイト派の心理療法、ユング派の心理療法、パーソン・センタード・アプローチ、認知行動療法など代表的な心理療法について、その技法を実際に用いた面接ができるよう、さまざまな方法や理論を学び、実際的な訓練も行っています。
——どのような方が学ばれているのですか?
主婦からの出発の方もいらっしゃいますが、すでに心理カウンセラーとして現場で働いている方が系統立てて学び直し、臨床心理士資格を取るためにいらっしゃることも多いのです。家庭裁判所の調査官、警察官、助産師、教員として働いておられて、そのお仕事の中に臨床心理学・カウンセリングの知識や技術が必要だと入学してくる方もあります。
中年になって臨床心理士を目指す人も多い
——お話をお聞きしていると、とても興味がわいてきます。でも、40歳、50歳になっても学べるのでしょうか。
はい、今までの大学院入学者の最高齢は70才を過ぎた方でしたよ。その方はもうすでに心理カウンセラーとして勤務しておられましたが、「大学院でもう一度きちんと学び直したい」と十数倍の難関入試を突破して入学されました。
これは極端な例ですが、年齢制限はないですから、教員よりも年上の院生がいることもあるのです。
——年齢が “学び” のハンディになることはないと?
臨床心理士資格には、記憶力も必要ですが、ある程度の人格の成熟が必要とされています。それまでなさってきたお仕事をより充実させることもできると思います。年齢を重ねた人でも学んで実りがある分野だからこそ、人気があるのかもしれません。非常勤のカウンセラーであれば、仕事と家庭の両立もしやすいですし。
——臨床心理学を学ぶ魅力は何でしょうか。
放送大学の大学院臨床心理学プログラムは、対人援助の専門家である臨床心理士養成のための大学院ですが、こうした専門家を目指す方でなくても、臨床心理学に興味を持ってくださる方はたくさんおられて、学部の臨床心理学の講義もとても人気があります。
臨床心理学を学ぶ魅力の一つに、自分と他者理解のための座標軸を得ることがあると思います。世の中にはいろんなタイプの人がいますが、自分とよく似たタイプの人は分かりやすく、自分と違うタイプの人は分かりにくいのです。でも、臨床心理学を学ぶことで、さまざまなタイプの人への理解が深まり、ふだんの暮らしが生きやすくなったり、対人関係がうまくいったりして、より豊かな人生を生きることにつながると思います。臨床心理学で得られる新しい気づきや視点は、これからの人生にきっと役立つと思います。
——来月、先生の講演会が開かれるそうですね。
東京・渋谷のシネタワーで、『性格の話~自分と他者理解のための座標軸~』として、自分と似た人、あるいは自分と全く違う人とどう付き合うのか、というお話をする予定です。当日は臨床心理学プログラムの修了生にも出ていただいて、具体的な学びの体験談も発表していただく予定です。
——とても楽しみですね。本日は本当にありがとうございました。
〔臨床心理学を知るために〕「臨床心理学を学ぶ『性格の話~自分と他者理解のための座標軸~』」(参加無料)
おの・けいこ 放送大学教授・臨床心理士。1948年、愛媛県松山市生まれ。京都大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程単位修得満期退学後、チューリッヒ・カルフ箱庭療法研究所留学。その後、松山大学教授、東京国際大学教授を経て現職。編著に『心理臨床の基礎』ほか。
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