中国とアメリカは仲良くなったわけではない
日本政府は、アメリカと中国が連携して北朝鮮問題にあたることを期待していました。実際、4月にトランプ大統領のフロリダ州にある別荘マールアラーゴで行われた習近平国家主席との会談では、米中の協力関係がアピールされました。しかし両首脳が話し合ったのはあくまでも総論で、各論においては対立は残されたまま。相容れないところは措いて協力できるところはやっていこう、大火事にはしないようにしようと約束したということ。それが戦略的関係というものです。
たとえば、ここのところ盛んにおこなわれている、米韓合同軍事演習の半分は、実は中国に向けてのものです。また、「北朝鮮の核の脅威に対抗するため」として韓国への配備が予定されているサード(THAAD、高高度ミサイル防御システム)。敵ミサイルを早い段階で発見し、非常に高い高度(大気圏外の約150㎞まで)において破壊するものです。
しかし、もし北朝鮮が韓国を攻撃するなら長距離砲と低高度ミサイルを降り注がせるでしょうから、その時に高高度で迎撃するサードは必要ありません。この真のターゲットは、第1にロシアのミサイル、第2に中国のミサイル。これは、アメリカのミサイル防衛システムの広がりを世界地図に重ね合わせれてみれば一目瞭然です。サードは北朝鮮から飛んでくるミサイルから韓国を守るものではないのです。
アメリカは中国と手を結ぶ一方で、サードをガンガン配備する。今回のような一触即発の事態は今後も南シナ海で起こりうるし、サイバー戦争も近い将来考えられる。そういった状況変化にいちいち反応して右往左往しているのが日本なのです。外交に“心”や“正義”を持ち込んでも無駄なのですが。日本は一事が万事と思う癖がある。たとえば従軍慰安婦像が設置されると、韓国との関係そのものをだめだと思ってしまう。結局、外交というものに慣れていないのです。
アメリカには北朝鮮存続を望む理由がある
今回の南シナ海の件でアメリカと中国は、一時的に関係が悪くなるかもしれません。しかし、北朝鮮問題の趨勢を決めるのは、アメリカ・中国両国にとって、北朝鮮、ことに金正恩政権存続が得か損か、という一点です。
まず、アメリカの立場から考えてみましょう。アメリカは、世界中に軍を配備しています。在日米軍を日本に置いておくには理由がいる。在韓米軍も同様です。2012年、韓国で米軍撤退論が持ち上がり、朝鮮半島有事の際の戦時作戦統制権(作戦を指揮する権限)がアメリカから韓国へ移管されそうになりました。韓国がそこまで米軍を嫌うなら出ていきますよ、という話だったのですが、それがなんとなく落ち着いて米軍が出て行かずにすんだのは、北朝鮮の動きのおかげです。
しかも日韓はアメリカにとって、定期的に武器を買ってくれるよいお客さん。そこが他のアジアの国々とは明らかに違う。北朝鮮はこうした客をアメリカに惹きつけておく、格好の材料なのです。
中国が統一より金正恩をマシとする戦略的理由
では中国はどうか。もし南北が統一され、統一朝鮮のような国家が生まれた場合、その人口はおよそ6500万人になります。日本の人口は2050年に8000万人まで減少するといわれているので、日本に匹敵する人口を持つ国がいずれ国境を接する隣国に現れることになります。
隣国は小さくて弱いほうがよいというのは、国際社会の常識です。なんだかんだいっても、中国は二つの国家のままにしておきたいのです。核ミサイルを撃たせない方法は100万とありますが、一度統一されたものを二つに割るのは至難の業。中国は南北統一など望んではいません。
もし南北が統一されたとすると、ほぼ確実に中国と対立することになります。その国は核ミサイルを手放すことなどないでしょう。それなら「金正恩のほうがよっぽどマシ」というわけです。金正恩は問題だけれども、外交には善悪も正義もありません。金正恩と、金正恩後を秤にかけて、自国にとっての損得を考えるだけです。
「制御可能な悪」に押しとどめたい
アメリカと中国にとって金正恩は必要悪なのですが、今は必要悪がちょっとおかしなことになっている状況。それをどうやって「制御可能な悪」に押しとどめるか。この一点においては、アメリカと中国の利害は一致しており、揺らがない。今回の南シナ海問題が中国政府中枢の指示で起きたかどうかは不明ですが、いずれにしても、北朝鮮の存続がアメリカ・中国両国の利益と明確に結びついている以上、両国の根本的なスタンスは変わらないはずです。
富坂聰 (とみさか・さとし)
拓殖大学海外事情研究所教授。1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退。「週刊ポスト」「週刊文春」記者を経てジャーナリストに。1994年『龍の伝人たち』で21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞受賞。著書に『中国の地下経済』『習近平と中国の終焉』『間違いだらけの対中国戦略』ほか多数。最新刊は『中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由』。
取材・構成/まなナビ編集室 写真/(c)gilbertc / fotolia