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世界的に注目を浴びる漢方薬。奪い合いの時代がやってくる

年をとるにつれて興味がわいてくるのが漢方だ。副作用も少なさそうだし体質改善にも役立ちそうだ。しかし心のどこかで、本当に効くのだろうかと疑っている自分がいた。その疑念を払拭してくれたのが、武蔵野大学の公開講座「知っておきたい漢方いろは」だ。

「十全大補湯が身内の命を救いました」

「漢方は効きます。私は身内が無顆粒球症にかかったときに投与した十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)でそれを確信しました」

そう語るのは、今春まで武蔵野大学薬学部教授を務めた油田正樹先生。漢方製剤で知られる(株)ツムラで常務取締役研究本部長を務めた人物だ。

「身内が無顆粒球症(白血球の成分のうち顆粒球が減少する病気)にかかった時、私はツムラで、抗がん剤による副作用に効く漢方の研究をしていました。マウスを用いた動物実験では、抗がん剤を投与されて骨髄機能がおかしくなったマウスに十全大補湯を飲ませると、骨髄の機能が戻り、白血球数が増加するという実験結果が得られていました。そこで主治医に、身内に十全大補湯を飲ませてほしいと頼みました。最初は断られました。しかしなんとかお願いして飲ませてもらったら、1週間くらいで白血球の数値が回復し始め、6か月も経つと正常値に戻ったのです」

油田先生は、確信していたこととはいえ、その効果に驚いたという。当時は薬理研究が今ほど進んでおらず、漢方薬が効くことはわかっていても、なぜ効くのかという作用のメカニズムまでは解明できていなかった。しかしここ30年の間に、多くの薬理研究が行なわれ、次々と漢方のメカニズムが明らかになってきている

健康保険適用の漢方薬も数多い

漢方は高い、面倒だ、と思っている人もいるだろう。しかし現在は、約150種の漢方薬、200種類以上の生薬(しょうやく)が保険適用となっており、一般の病院でも漢方薬が処方されることが多くなってきた。

油田先生はもっと漢方薬を使ってほしいという。

「こむら返りには芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)という漢方薬が効き目があります。しょっちゅう足がつって困っている人は、内科などで、足がつるので芍薬甘草湯を出してください、と言ってみてください」

薬草=生薬ではない

ここで「生薬」について説明をしておこう。

この講座を取材するまで、記者は、生薬=薬となる植物・動物・鉱物そのものだと思い込んでいた。しかし油田先生によれば、生薬とは、植物・動物・鉱物を〈調整・加工〉したものをさすという。たとえば天日に干すとか、煮るとか、蒸すとか、時には炙ることもあるという。こうして作られたのが、生薬だ。

なぜ加工が必要なのかというと、酵素を不活性化しなければならないから。動物でも植物でも、生きているうちは酵素が働く。たとえば植物の根や実を採集したまま放置しておくと、含まれる酵素でデンプンが糖に代わってしまったり、活性成分が分解されてしまう。また、動物は死ぬと、自らの酵素でタンパク質、脂質、糖質が分解されてしまい、自己融解してしまう。つまり、酵素の働きを抑えないと、成分が変わってしまうのである。

このように原料を加工してできたのが、「生薬」であり、それを一定割合で配合したものが「漢方薬」だ。

世界的に注目を浴びる伝統医学と漢方薬

油田先生によれば、世界的に東洋医学をはじめとする伝統医学を見直す動きが加速しているという。開発されて商品化されてもすぐ消えていく薬がある一方で、何千年も使われ続けている漢方の生薬の作用の多くは、まだまだ解明されていないからだ。とくに漢方薬や生薬に注目しているのが、ドイツに本拠を置く医薬品メーカーであるメルクで、世界中から薬草や生薬を集めているという。

また、訪日中国人の爆買いの対象は今は漢方薬。ドラッグストアによっては、売れ筋商品をセットにして用意しているところもあるらしい。「PM2.5に効く」という噂の流れた某商品などは飛ぶように売れたというが、この商品は漢方薬の清肺湯。中国発祥の漢方薬をなぜ日本で爆買いするのだろうか。

「漢方薬は中国で生まれたものですが、日本に入ってきてからさらに手が加えられているんです。手に入らない薬草を日本人に合った類似のものに変えたりして、改良してできたものが、いま日本で流通している漢方薬なんです。日本の漢方薬は安全でよく効くと、中国でも評判になっているんですよ」と、油田先生は言う。

生薬の奪い合いが始まる

生薬の最大の生産国である中国は、経済発展に伴って、生薬の国内消費が増加している。すでに生薬は数年前から高騰を続けているが、やがて手に入らなくなる時代がやってくるのではないかと油田先生は危惧している。最近、「国内産生薬使用」という表示も見るようになったが、まだまだ供給は追いつかないのだろうか。

「近年、少しずつですが日本国内の各地で漢方薬原料の生産が広がりつつあり、国産化が前進しています。しかし、需要に対してはまだまだ量的およびコスト的には継続的に課題も残るので、生薬の国産化と並行して安定的に安価な原料を入手できる調達先を確保する必要があります。ツムラでは、すでにラオスに栽培の現地法人を設立してケイヒを中心に栽培をスタートさせています」(油田先生)

油田先生によれば、ミャンマーも漢方薬原料の栽培地として大きな可能性を持っているという。

 

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◆取材講座:「知っておきたい漢方いろは」(武蔵野大学三鷹サテライト教室)

文/まなナビ編集室 写真/(C)norikko / fotolia