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世界基準の研究室によるゲーム観戦者用AIのワクワク構想

ゲーム観戦者と人工知能

ゲーム観戦者にAIはどう役立つのか

「うちの研究室ではゲームをするのはOKなんです」。笑顔で話すのは、立命館大学教授のターウォンマット・ラック先生。ターウォンマット先生の専門は「知能情報学」。先生の研究室である知能エンターテインメント研究室は、人工知能(AI)をゲームに応用する世界大会において、「コンテンツ自動生成」をはじめ過去5部門で計9回1位に輝いた実績を持つ。世界基準の研究室が現在開発に臨む、世界初のゲームAIとは?

2022年アジア大会では「e-sports」がメダル種目に

本国タイで電気工学を学んだ後、国費留学生として来日されたターウォンマット先生は子供時代からゲームが大好き。お小遣いを握りしめて遊技場に通う日々だったが、なにしろ軍資金が限られる。自身が「プレイヤー」として楽しむのは週に一度、あとは人のプレイをワクワクと「観戦」することで、日々ゲームに親しんできたという。

それから数十年。ゲーム業界は様変わりした。ウェブでは常にゲームがライブ配信されている。ゲームはプレイするだけではなく、観戦でも楽しめるエンタテインメントになりつつある。自らはプレイせず、観戦オンリーという人も多い。

また、2022年アジア競技大会(中国・杭州)では「e-sports(エレクトロニック・スポーツ)」がメダル種目になることも、この4月に決定したばかりだ。スポーツも、自らがプレイするだけでなく、「スポーツ観戦」という新たな楽しみを人々に提供してきた。そのような状況下、立命館土曜講座で「ゲーム観戦者と人工知能」と名づけられた講座が開催されたのはタイムリーといえる。

まだ「観戦者」目線のAIがない

ターウォンマット先生はいま、ゲームを「観戦する人」のための新しいAI開発に着手している。

これまで、ゲームAIは「開発者」や「プレイヤー」に多くの益をもたらしてきた。しかし「観戦者」に有益なAIの研究は少なく、システムも確立されていないという。先生はそこに着目した。つまり、完成すれば世界初のAIが知能エンターテインメント研究室から発信されることになる。

では、従来の研究を振り返りながら、ターウォンマット先生のめざす研究を見ていこう。

ターウォンマット先生が構想を練っているところのPPG AIの概念図

本土曜講座で取り上げられた、先生の研究室などで実施してきたAIのゲームへの代表的な応用研究は次の2つだ。

(1) GVGP(汎用ビデオゲームプレイング)
このAIは、ルールを知らないゲームでもプレイを進めていくことができる。それにより「極端に強すぎる敵」や「どんな敵でも倒せる技」の存在など、開発途中のゲームの設計上の不備を簡単に確認できることが期待されるため、国内外のいくつかの研究グループにより進められている。

(2) PCG(コンテンツ自動生成)
ゲームの内容を自動的に生成できるAI。想定したレベルに合わせたステージやマップを自動作成するので、制作コストやデザイナーの負担が軽減し、「プレイヤー」も自分に最適なレベルのゲームを楽しむことが可能なため、ゲームAIの研究者らに活発に研究されてきている。

そして、いまターウォンマット先生が研究を進めているものが、PPG(プレイ自動生成)だ。

PPG実験の結果一部。左図は株式会社ディンプスからゲーム素材の提供を受けて研究室で開発したAI研究用の対戦型格闘ゲーム「Fighting CE」を対象とした場合のPPGによるプレイのスクリーンショット。右図はP1(左の登場人物)の戦況(P1とP2のヒットポイント(HP)の差、正の値はP1が優勢)を表すもので、赤線と青線はそれぞれ設定値と実測値(50試行の平均)

これは対戦型格闘技ゲームなどのネット配信を想定したもので、AIが「観戦者」の嗜好に沿ったゲームプレイを自動生成し、推薦してくれるという

2000年代に始まったAI第3次ブームの特長である「ディープラーニング(深層学習)」を生かし、その人が何を求めているのかを推測し、ウェブでゲームを観れば観るほど、嗜好にピッタリのゲームをAIが創り出して薦めてくれるそうだ。

嗜好といっても人々がゲームを観戦する理由や目的はさまざまだ。暇つぶし、自分の技を磨くため、なかには承認欲求を満たしたいといった心理的な動機も絡む。学界では、これら「観戦者」の種類やニーズについて細かな分析が行われてきたが、一人ひとりを満足させるゲームプレイを提供できるAIの創出が実現するとすれば、画期的な成果だ。

サスペンスで関心をつかむ

開発の最重要課題は「ゲームの観戦の楽しさの実現」だ。これを実現するためのキーは、「サスペンス」だとターウォンマット先生は語る。

「サスペンス」と聞くと、ついテレビドラマの「〇〇サスペンス劇場」を思い浮かべてしまうが、科学の世界でサスペンスとは、「情報の非対称性」を意味する。具体的には、ある情報を、一方が知っているけれども一方が知らない場合に生まれるハラハラドキドキの緊張感。このサスペンスが、面白みのあるゲーム作りに必須となるそうだ。

さらに、「観戦者」を楽しませるゲームAIを作るためには、次の2つのステップが必要だと、ターウォンマット先生は指摘する。

第1ステップが、「AIの個性(ペルソナ:Persona)の確立」。たとえば、同じ対戦ゲーム愛好者でも、接近戦が好きな人もいれば遠距離から波動拳(『ストリートファイターシリーズ』の場合)で攻撃する戦法を好む人もいる。「観戦者」のニーズに合うゲームプレイを作り出すために、まずは「プレイヤー」となるAIに個性を持たせる必要がある。

第2のステップは「プレイアークの実現」だ。たとえば、主人公が最初から最後まで単調に暮らすだけの物語に面白みはあるだろうか。ゲームも同じで、ピンチを乗り越えて勝利するような流れがあってはじめて、「観戦者」の心をつかむことができるのだという。

つまり、最終的な目標は、観戦者ひとりひとりのために用意された、プレミアムな一戦と、サスペンスに満ちた観戦体験なのだ。AIが叶える、自分のためだけの一戦が待ち遠しい。

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取材講座:ゲーム観戦者と人工知能(立命館土曜講座)
文/木村やよい 写真/ゲーム画面・概念図(ターウォンマット・ラック)、木村やよい(講座風景)