企業価値は何で決まるのか
昨年、台湾の鴻海(こうかい)精密工業が3888億円を投じてシャープの親会社になった。企業買収の報道を耳にするたび、唖然とするのがその桁外れの金額である。そもそも企業の価値は何で決まるのか?
関西学院大学経営戦略研究科で毎年行われる「ファイナンス連続セミナー」。ビジネススクールの教員がそれぞれの専門領域をテーマに4週連続で講演するというもの。今回の講座「リアル・オプション 入門から応用まで」は、ファイナンスや金融工学を専門にする甲斐良隆先生(関西学院大学経営戦略研究科教授)によるものだった。
講義は豊富なスライドをもとに「オプション価値」という考え方を、初心者でもわかるように解説するもので、受講する人々も近隣企業で働く40代以上のビジネスマンが中心。事細かにメモを取り、自社の経営戦略に必要な知識を吸収しようとする真剣な眼差しがそこにはあった。
M&A(merger and acquisition 合併と買収)、株式投資、融資などの際に論じられるのが「企業価値」である。甲斐先生によると、「企業価値」は2つの価値の合計で算出される。 1つは「キャッシュ・フロー価値」(現金利益)。もう1つは「オプション価値」である。
「投資金額に対して将来どれくらいの金額が得られるか」を予想する限界
「オプション価値」とは何か。オプションの言葉としての意味は、選択肢、チャンス、可能性、権利権益など。では「オプション価値」は何を指すかというと、現金や株などの金融資産ではなく、研究開発や新商品開発、マーケティングなどの “可能性” や、それに対して企業が柔軟に意思決定を行える “選択権” をいう。
これを企業の中で考えると、事業価値を判断するときの基準ともなる。設備投資をするべきかどうか、新規事業を始めるかどうか、これらを判断するときにも「オプション価値」の考え方を知っていると役立つのである。
これまで「企業価値」を評価する方法のひとつに、ディスカウント・キャッシュ・フロー法(DCF法)があった。これは投資を合理的に判断するために、投資金額に対して将来どれくらいの金額が得られるのか、つまり「キャッシュ・フロー価値」を数学的に予想するものである。しかしこの不確実性の高い時代に、DCF法は限界があるといわれる。
甲斐先生は、1973年にオプション・プライシング・モデルという算出法が考え出されたことにより、応用数学者のベルマンが1957年に提唱した最適性の原理と併せて「オプション価値」を数値化できるようになったという。近年、日本企業でも徐々に「オプション価値」で「企業価値」や「事業価値」をとらえる兆候が高まってきているそうだ。
医療品を開発する“チャンスがある”が価値になる
「オプション価値」は、今現在のキャッシュ・フローを生まない。また、多様な不確実性を持っている。多くは赤字である。しかしそこには可能性がある。
たとえば、通信機器の分野で新しい事業が “できる”、医療品を開発する “チャンスがある”、アジアに工場を作る “可能性がある” など、こうした権利がすべて「オプション価値」となり、これを持っていることが新たな「企業価値」を生み出すという。
急激に変化する市場経済下では、企業は柔軟に戦略を立てなければならない。新規事業に投資するべきかどうか、どのタイミングで投資を行うかは、事業におけるオプションの価値を検討して判断するのが賢明である。
リスクが高いほどオプション価値が上がる
講義の後半は、こうした経営戦略におけるオプション価値を数式で解説。そのなかで印象的だったのが「先が見えないほどオプションに価値がある」ということだ。
たとえば、医薬品メーカーが製品を開発し、生産技術を確立。いよいよ事業化が可能になったとき、3つのオプションが発生する。
〈1〉その事業に投資する(GO)
〈2〉その事業に投資しない(STOP)
〈3〉しばらく様子を見る(WAIT)
そこで、前述のオプション・プライシング・モデル法と最適性の原理を併せた計算ルールに基づくと、この3通りの選択肢にそれぞれどのくらい価値があるのかが割り出せる。
現時点で投資した場合の現金利益を100、事業化に必要な投資コストを105、1年後の現金利益の増減(リスク)20%の場合
〈1〉現時点で投資するとオプションの価値は100-105=-5。
〈2〉現時点で投資しなければオプションの価値は0
〈3〉現時点では投資せず、様子を見るとオプションの価値は6.25
オプションの価値は〈3〉が最大になる。つまり、今すぐ投資はせず、市場の様子を見るのが最適な戦略だと分かる。
同様に、1年後の現金利益の増減(リスク)を30%で計算すると、〈3〉の価値は9.62まで上がる。つまり、1年後に20%の増減が見込まれる場合より、30%の増減が見込まれる場合のほうがオプションの価値は高くなるのだ。
これには受講者から「投資のリスクが高いほど、オプション価値が上がるのは感覚的に分かりにくい」という質問が出た。
これに対し甲斐先生は、「そのリスクを判断してくれるのが、オプション価値です。現時点はWAITを選択しながら、状況が変化してオプション価値が最大になるときがGO(投資のタイミング)であり、STOP価値が最大になる場合は投資をしない。それが数値化されることで、正しい経営判断ができるようになります」と語る。
オプションはゆっくり小刻みに使え
甲斐先生によれば、リスク・マネジメントとはリスクを減らすことではなく、リスクをとるかとらないかを判断することであり、キャッシュ・フロー価値だけではリスクを減らす判断しか出てこない。オプションの最大のメリットはこの柔軟性であり、先が見えない時代であればあるほど、オプションを持っていることが「企業価値」につながるという。
「経営とはこうしたオプションの連続で成り立っています。従来、経営は目に見えないと言われてきましたが、オプションの価値を数値化できるようになり、最適な戦略を見つけることができるようになったのです」
最後に、オプションを使うときのルール3つが挙げられた。
1)先が見えないときほどオプションに価値が生まれる。キャッシュ・フロー価値がマイナスであってもオプション価値があれば企業価値が上がる。
2)オプションはゆっくり使うこと。WAITの価値は高い。
3)オプションは小刻みに使うこと。一気にやろうとしないで、1次、2次、3次といったように状況の変化に対応しながら使うこと。
なお、融資・投資や新規事業・設備投資だけでなく、マーケテイングの際にもオプション価値を取り入れることで、マーケティングをすべきかどうかの判断が容易になるという。
取材講座データ | ||
---|---|---|
「リアルオプション入門から応用まで」 | ファイナンス連続セミナー2017 | 2017年2月28日~3月13日 |
2017年3月13日取材
文/福山嵩朗 写真/Adobe Stock
〔関連講座〕
アントレプレナーシップ ~新規事業開発演習~(経営戦略講座)