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ペトリオットミサイル運用の元航空自衛官なぜ女子大入学

パトリオットミサイル

ジョサイア・コンドル設計による
清泉女子大学本館を背に立つ高橋さん

航空自衛隊でペトリオット・ミサイルの運用を担当していた元航空自衛官、高橋健二さん(69才)は、2008年から清泉女子大学大学院の科目等履修生として平和学や英語を学んでいる。いったい何が高橋さんを大学での勉学に向かわせたのか。学び続けることを決意した元自衛官の9年間を3回に分けてお届けする。

「地球市民学」という言葉に惹かれて

高橋健二さん、69才。13年前まで航空自衛隊で地上配備型迎撃ミサイル「ペトリオット」の担当として全国の航空自衛隊のミサイル部隊を教導していた。今は、仕事からは完全に引退し、週2日ほど、東京・五反田にある清泉女子大学大学院地球市民学科に、科目等履修生として通っている。

高橋さんが初めて地球市民学科のことを知ったのは、2008年春のことだった。当時高橋さんは、空自を56才で定年退官し、大崎(東京都品川区)にある民間企業で働いていた。

「自衛官というのは非常に転勤の多い職業なんです。とくに航空自衛官は転勤が多く、だいたい2年に1回は転勤、1年に1回の時もありました。北は北海道から南は沖縄まで、地方に行っては東京に戻り、また地方に転勤する、その繰り返しでした。なので落ち着いて何かをすることは、56才で定年退官するまでは難しかったですね。

退官したら今までできなかったことをやろうと思っていたので、民間企業に移ってすぐに、ダイビングライセンスを取りました。そうした趣味をもっとやりたいと当初は思っていて、勉強しようという気は、実はまったくありませんでした」(高橋さん。以下「 」内同)

しかし60才となる年の春、職場近くの清泉女子大学大学院で、地球市民学科の社会人向けプログラムとして、「平和学認定コース」というものが開催されていると知る。1年間で3課目12単位を取れば、地球市民学認定プログラム修了証書をもらえるというプログラムだった。 

「『平和学』という文字を見て、ものすごく惹かれたんですね。『平和学』って何だろう、勉強してみたい、と思いました。修了後に認定証がもらえるというのも魅力でした」

清泉女子大学大学院科目等履修認定プログラムの表面(2017年度版)

上が、今年の科目等履修プログラムのパンフレットだ。「科目等履修」とは、自分の受けたい科目だけを履修できる制度。大学生や大学院生に混じって同じカリキュラムの授業を受けることになる。

なお、なぜ女子大に男性が行けるのか?と疑問に思う人がいるかもしれないが、女子大の学部は女子学生のみだが、大学院は男女共学となっている。かといって高橋さんは元航空自衛官。男社会で暮らしてきた高橋さんに、女子大に通うためらいはなかったのだろうか。

「じつは娘が清泉出身だったので、大学院が男女共学であるとか、男性の先生や大学院生も多いということを知っていました。とにかく『地球市民学』や『平和学』というフレーズに心惹かれたので、それ以外のことはほとんど気になりませんでした」

PKOで空自広報担当としてカンボジアに

高橋さんが「平和学」という言葉に惹かれたのには、自身の体験があった。

1992年(平成4年)、国際連合平和維持活動(PKO)で自衛隊初となる海外派遣が行われた。その時、高橋さんは、航空自衛隊の広報担当として一番機に乗ってカンボジアの首都プノンペンに降り立ったのだった。

「あの自衛隊カンボジア派遣が、今に続く自衛隊の海外活動のスタートになります。私の仕事は新聞記者などに状況を説明する、いわば記者対応でした。あの時は大変でした。行くまでの反対運動もものすごかったですし、行ってからも、日本の自衛隊が初めて海外に派遣されたと、世界各国のジャーナリストからのインタビューも受けました。まさにメディアと自衛隊のぶつかり合う最前線でした。

当時はカンボジアに観光客はほとんどいませんでした。 まだポル・ポト派の残党がいたらしく、アンコールワットに行ったとき、銃声が鳴っていました。他国軍は皆、銃を携帯していて、私たちを護衛してくれました。あの頃は危険かどうかもわからなかったですね。初めての経験で本当に情報がなかったのです。今でこそインターネットで情報がすぐに入ってきますが、当時は電話するのも大変で、日本への電話連絡用にパラボラアンテナを立てたくらいです。

でも結果的に死傷者も出ず、カンボジアの人に喜ばれ、行ってよかったと思いました。行く前も現地に着いてからも毎日が大変でしたが、自衛隊として平和活動に貢献できたと達成感を覚えました」

「平和学」「開発とジェンダー」「英語」

高橋さんが地球市民学科「平和学認定コース」として選んだ科目は、「平和学」「開発とジェンダー」「英語」だった。

「自衛隊にも平和教育はあります。しかし、清泉女子大学はカソリックですし、自衛隊とはアプローチの仕方が違うんだろうな、とは思っていました。私が防衛大学校や自衛隊で学んできた平和教育とはまったく違うであろう平和教育を、ぜひ学んでみたいと思ったんです。

また「開発とジェンダー」というものも、よくわからないなりに惹かれました。自衛隊は男社会で、私も少なからず男尊女卑的価値観を持っていましたから、いったいどんな内容だろうと思ったんです。

「英語」は錆びついた英語をもう一度使えるようにしようと選びました。航空自衛隊は米軍と訓練していますから、日常的に英語は必須で、私もペトリオット導入時に、アメリカ・アラバマ州の航空宇宙の町ハンツビル市に2年間、連絡官として赴任していたことがあります。しかし、退官してからはそれほど英語を使う機会もない。よい訓練になるだろうと思って取りました」

そして60才にして女子大の大学院の門戸を叩いた高橋さん。迎えていたのは今までと真逆の価値観だった。

(「元航空自衛官、女子大で平和教育と男女平等の洗礼を受ける」「元航空自衛官『次の戦争は貧困・環境問題から起こる』」に続く)

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取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子)