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ペット七五三、無音盆踊り、激変した日本の年中行事

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来る2018年は戌年。犬と一緒に初詣する人も増えそうだ (c)Fotolia

ハロウィンの喧騒の余韻も冷めやらぬうち、あとひと月でクリスマス、そして1年で最大の行事である正月がやってくる。私たちはなんと多くの年間行事に囲まれていることか。と思っていたら、私たちが体験している年間行事は急減しており、その内容も大きく変わりつつあるという。

盆踊りの音頭がうるさいとクレーム

目の前に映し出された異様な光景。音のない世界でおばちゃんたちが何十人も輪を作って盆踊りを踊っている。一瞬ミュート(消音)かと思ったが、車の音などの生活音は入っているから違う。ただ盆踊りの音頭の音楽だけが消されている。

見ると皆一様にイヤホンをしている。これが最近急速に広がりつつあるという「無音盆踊り」だ。なんでも盆踊りの音頭を騒音だとしてクレームを入れる人が急増しているため、踊る人だけがイヤホンで音頭を聴くこのような形態が受け入れられてきているのだという。

次に映し出されたのは、神社で行われている「ペット七五三」の様子だ。かわいく着飾ったワンちゃんたちが飼い主に抱っこされてお祓いを受けている。ちなみに「ペット 七五三」でネット検索してみると、たくさんのサイトがヒットする。

以上は、國學院大學で開催された公開講座「シニア年代と豊かさ(儀礼文化の面から)」で紹介された映像だ。講師は同大学副学長で神道文化学部教授の石井研士先生である。

「もうすぐお正月ですが、ペット初詣を受け付ける神社も増えてきています。その背景には、ペットを家族と考える人たちの増加と、日本人の価値観が急激に変わり始めていることがあります」(石井先生。以下「 」内同)

日本人の「浄不浄」意識が変化している

かつて神社の境内には、犬や猫などの四つ足動物は入ってはいけないこととなっていた。おせち料理には古くから牛や豚などの四つ足動物の肉を入れない風習があったが、それと同じで四つ足動物を不浄のものとしていたからだ。しかし今、おせち料理にローストビーフやハムを入れるのは一般的。石井先生は日本人の意識の変化を挙げる。

「今は18歳未満の子どもの数より犬や猫の数の方が多い時代。ペットは家族の一員です。子どもの健康を祈るようにペットの健康と長寿を祈る行事が増えていますが、その背景には、年中行事を支えてきた日本人の穢れ意識や浄不浄観といったものが変わりつつあることがあります。

無音盆踊りも日本人の年中行事に対する意識が変化する中から出てきたものです。かつて盆踊りとは共同体構成員全員が参加するものでした。しかし共同体が崩壊したからこそ、それを騒音だととらえる人が出てきたのです。共同体はなくなったが盆踊りは残り、踊りたい人だけが踊る形となった、これが現代の盆踊りの特徴のひとつです。

現代の盆踊りには、もうひとつ特徴があります。それは死者なき盆踊りだということです。かつて盆踊りはお寺の境内で、まさに死者が埋まっているそばで踊られたものでした。薄暗い夜に、そこだけがぼうっと明るく照らされて、生者と死者が交流する。それが盆踊りだったのです。でもいま、盆踊りでそんなことを考える人はいないでしょう」

失われゆく年中行事に共通するキーワードは

石井先生はかつて、学生を対象に年中行事の調査をしたことがあるという。伝統的な年中行事からバレンタインデーなどの現代の行事まで多種多様な行事を挙げ、次の4つに分類させたのである。
(1)今でもやっている行事
(2)今はしていないが、かつて体験したことのある行事
(3)知識としては知っているが体験したことはない行事
(4)まったく知らない行事

いうなれば、(1)と(2)は生きている行事、(3)と(4)はいわば死んでいる行事である。

すると、(1)と(2)の生きている行事の数は驚くほど少なかったという。具体的には、お正月、節分、バレンタインデー、ひな祭り、ホワイトデー、端午の節句、母の日、父の日、七夕、お盆、七五三、クリスマスなど。今であれば、ハロウィンも絶対入ってくるだろう。

逆に、(3)と(4)の死んでいる行事には、次のようなものがあった。七日正月、初朔日(はつついたち)、事八日(ことようか)、卯月八日(うづきようか)、花祭り、夏越の祓(なごしのはらえ)、八朔(はっさく)、新嘗祭(にいなめさい)……などだ。これらの行事には共通点がある。それは、稲作に関わる行事だということだ。

この背景には、日本の農業人口が恐ろしい勢いで減りつつあることがある。日本の農業人口はすでに200万人を割り込み、人口に占める割合は2%ほど。加えて高齢化が進んでいるが世代交代はうまくいっていない。こうした第1次産業から第3次産業に大きく転換していくなかで、稲作にかかわる行事は次々と失われていったという。

かつて日本人にとって一番大切だった行事は、その年に穫れた穀物を神に供え、自らも食して収穫に感謝する新嘗祭だった。しかし11月23日に行われていた新嘗祭は、戦後、勤労感謝の日と名を変え、稲作にまつわるイメージも失われていった。そして直接農業に関わらない人も、天候や自然の営みを自分の生活のうちに持たない暮らしになってしまっている。

日本人はかつて1年を半年の繰り返しだと考えていた

これほど年中行事がグダグダになってしまったのには、私たちのサイクルが変わりつつあることも関係している、と石井先生は指摘する。

じつは日本の年中行事は、6月を境に繰り返されているという説があり、これを民俗学では「一年両分性」という。国文学者であり民俗学者でもあった折口信夫(1887-1953年)も、日本の年中行事は複雑に見えるがじつは繰り返しだ、ということを述べている。

講義のレジュメより。6月を境に1月と7月、2月と8月の行事が対応している

その「一年両分性」を表した図が、講義のレジュメにあった上の図だ。

一年の最大の行事は正月と盆だが、たとえば1月7日の「七日正月」は、7月7日の「七夕」と、1月15日の「小正月」は7月15日の「盆」と対応している。このことが示すのは、日本人は1年をいわば半年の繰り返しとして意識しており、円環のサイクルを形作っていたということだ。

門松には先祖が宿る

正月と盆が対応すると聞くと、めでたい行事と辛気臭い行事を一緒にするなんて、と思われるかもしれないが、じつは両者とも、現世に生きる者と先祖が交流するための行事なのだという。

たとえば正月にやってくる歳神(としがみ)様は先祖の霊だとされている。その先祖の霊が宿るのが、門松である。おせち料理は、ご先祖様という神様と一緒に食べることで、生命力を体内にいれて活性化するものだという。

しかし今は、正月におせち料理を食べない家庭が2割あり、先祖の霊が宿った門松も、かつては1月15日にどんど焼きで焚き上げて天に返したが、今は可燃ごみに出す時代になった。このように年中行事がグダグダになりつつあるのには、私たちのタイムスケジュールが変わりつつあることも影響していると、石井先生はいう。

今の私たちの暮らしは重層的

今、私たちの生活には、かつてとは違う別の時間軸が入ってきている。その一つが「年度」だ。年度は4月に始まり、3月に終わる。つまり1年には、年始めと年度始めというふうに2度始まりがあり、2度終わりがある。会社員であればこれに、「決算期」なども加わる。それくらい私たちの年間の時間感覚は重層的になりつつあるのだ。

でも私たちの中にはかつてのタイムスケジュールも残っている。師走が近づいてくると何かと心慌ただしくなり、お正月を過ぎると今度は年度の終わりを意識し始め、新年度を過ぎると今度は盆が気になり、といった具合である。こう書いているだけで気ぜわしくなってくる。このように気ぜわしく思うということ自体、いくら年中行事が失われても、私たちの中に日本人特有の円環サイクルのタイムスケジュールが残っているというしるしなのかもしれない

石井先生は、こうした円環サイクルは、じつは1年という時間軸だけでなく、人の一生にもいえることなのだという。それこそがシニア年代の生き方とかかわってくるのだが、これについては次回に。

(続く)

わかりやすく民俗学を解説する石井研士先生。
『日本人の一年と一生 変わりゆく日本人の心性』『プレステップ宗教学』など著書多数。

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◆取材講座:「変わる社会-これからのシニア世代」第5回「シニア年代と豊かさ(儀礼文化の面から)」(共催:一般社団法人全日本冠婚葬祭互助協会・互助会保証株式会社・株式会社冠婚葬祭総合研究所/國學院大學オープンカレッジ渋谷キャンパス)

取材・文・写真/まなナビ編集室(土肥元子) 写真/fotolia