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ブッダの教えから探る、あなたが幸せを逃す理由

西本学長「ブッダのしあわせ観を探る」講座風景

幸せとはなんだろう。出世すること? 何不自由なく暮らすこと? それとも……。現代の日本人の幸せ観に大きなヒントを与えてくれるのが、紀元前5世紀頃に活躍した仏教の始祖、ブッダの残した言葉だ。なぜなら仏教の大きな目的は「生きとし生けるものが平和で幸せ」だからである。ブッダの説く「こよなき幸せ」とは?

弱者も強者も、生きとし生けるものは幸せであれ

いかなる生物生類であっても、
怯えているものでも
強剛なものでも、
(ことごと)く、
長いものでも、大きなものでも、
中くらいのものでも、短いものでも、
微細なものでも、粗大なものでも、
目に見えるものでも、見えないものでも、
遠くに住むものでも、近くに住むものでも、
すでに生まれたものでも、
これから生まれようと欲するものでも、
一切の生きとし生けるものは、
幸せであれ。
中村元訳『ブッダのことば-スッタニパータ』(岩波文庫)
第一「蛇の章」『八・慈しみ』より(改行は編集部)

このすばらしい文章は、紀元前5世紀頃に生きたブッダの思想を、かなり早い段階で記したとされる『スッタニパータ』のものだ。この文章に出会わせてくれたのは、武蔵野大学の公開講座『ブッダのしあわせ観を探る』、講師を務めるのは、武蔵野大学学長で仏教学者の西本照真(にしもと・てるま)先生である。西本先生は武蔵野大学しあわせ研究所の所長でもある。

西本学長は説く。

「ブッダの経典の中にはブッダが亡くなって500年くらい後に作られたものもありますが、この『スッタニパータ』は最古の仏典のひとつで、ブッダの思想にかなり近いものです。

一切の生きとし生けるものの幸せを願うのが仏教の教えだということがよくわかると思います。小さな小さな虫であっても、我々みたいな人間であっても、象のように巨大なものであっても、いきるものはすべて幸せに、とブッダは願っていました。

しかし私たちは今、どれほど幸福感を感じているでしょうか」(西本先生。以下「 」内同)

 人と比べると幸せになれない

そこで提示されたのが、〈比較〉という概念だ。

「私たちの幸せ観は〈比較〉に基づいて成り立っている場合が多いのです。たとえば地位、たとえば名誉、たとえば財産。

ほかの人と比較した時に、自分はこれだけ持っているとか、自分は人より高いポジションにある、とか、絶えず、他者との比較の中で自分の人生の価値を決めていることが多いのではないかと思います。つまり私たちは日常的に、〈比較〉に基づいた幸せ観の中で生きているんですね。

この〈比較〉について考えるために、たとえば『貴』と『尊』という言葉で見てみましょう。

『貴』も『尊』も同じく『とうとい』と読みますよね。しかしその中にこめられた価値観は異なります。たとえば『貴』は、貴族や貴金属など、ほかと比較した時のとうとさをさします。これに対し、ほかのものと比較できない絶対的なとうとさの時は『尊』という字を使います。

冒頭にあげた『スッタニパータ』の文章には、何の〈比較〉もありません。すべての「生きとし生けるものはとうといし、幸せであれ、幸せであるべきだ」と説いています。

こうした絶対的なしあわせ観をブッダは説いているのです」

自己中心性があると幸せになれない

『スッタニパータ』全体で説かれるのは、自利(自分の利益)ばかりではなく、利他(他人の利益)を考えなさい、ということだ。それは『自己中心性からの解放』だと西本先生は言う。

「本当は小さな自己しかないのに、自己を過大評価して大きくなっていくこともあります。逆に、ほかの人と比べて、「私なんて何の意味もないんだ……」と自己がどんどん小さくなることもあります。このように、自己が肥大化するのも自己が矮小化するのも、どちらも閉じた自己で、自己中心性のもたらすものなのです。

仏教ではよく『無我』という言葉を用いますが、ここでいう『我』とはまさに自己中心性のこと。閉じた自己から開かれた自己になることで、私たちは『我』=自己中心性から解放されていきます。

仏教は自分ではなく、世界を救おうとするもの、そこに幸せを見出すものです。そこには必ず他者が存在します。しかし、他者との比較の中で幸せを求めるのではなく、自己中心性から解放されることで、自分らしさを大切にせよと説くものなのです。

他者を感じながら生きていく大きな営みの中で、自己中心性から解放されていく。それこそが仏教の説くしあわせです」

西本照真
にしもと・てるま 武蔵野大学学長 東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程単位取得後退学、文学博士。日本学術振興会特別研究員、東京大学非常勤講師、信州大学非常勤講師、横浜市立大学非常勤講師等を歴任。研究領域は、仏教学、中国思想。著書に『三階教の研究』『華厳経を読む』『新国訳大蔵経 浄土部3』ほか。

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取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)