まなナビ

フランス語カリスマ講師「18才以上は何才で語学始めても同じ」

一人一人の席を回りながら発音指導をするマーニュ先生

フランス語の講師といえば、まっさきにジャニック・マーニュ先生を思い起こす人も多いだろう。NHKのフランス語講座ラジオ・テレビには1999年から出演を続け、日本とフランスをつなぐ架け橋としての活動が大きく評価され、2015年には国家功労勲章シュヴァリエを受章している。今年、日本における38年間の教授活動を終えて、フランスに帰国することになった。そこで日本で行われる最後の授業に参加して語学学習について伺った。

よく「語学の習得は早いうちがいい」と聞く。大学時代に単位修得の一番のネックになるのが第二外国語だが、社会に出てから語学の必要性を実感して「もうちょっとがんばればよかった」と思う人も少なくないだろう。しかしマーニュ先生は「18才でも50才でも、語学を始めるなら同じです」と語る。

1年でロシア語を忘れた子どもたち

「日本人のお友達で、ロシアに住んでいたご夫婦がいます。子どもたちをロシアの保育園、幼稚園から小学校まで通わせて、彼らが8〜10才くらいの頃に日本に戻ってきたんですね。そうしたら、半年から1年で、子どもたちはすっかりロシア語を忘れてしまいました。今、私が彼らにロシア語を話して聞かせても『なにか美しいことばを話しているな』という表情で聞いていますよ。でも理解はできないようです」

せっかく苦労して習得しても、忘れてしまっては元も子もない。どうしてこのようなことが起こるのだろうか。

「私が久しぶりにフランスに帰ったときのことです。数年ぶりに兄に会い、思わず、Nice to meet you! などと、なぜか英語で話しかけていました。ずっと日本にいたので、つい日本人の感覚になっていたようです。兄の外国人顔を見たら『英語でしゃべらなきゃ』という気になってしまって」

お兄さんは「なぜ妹は俺に英語で話しかけるのだろう」という顔をしながらも、英語で返事をしていたのだとか。思わず笑ってしまうエピソードだが、こうした「脳の勘違い」は筆者にも経験がある。

記者は、英語の専門学校に行っていたので、一番楽に話せる外国語は英語だ。その後スペイン語を習い、韓国語とトルコ語をかじった。その、韓国語やトルコ語で話そうと思うとき、どうしてもスペイン語が出てきてしまうのだ。

「『少し』ってトルコ語でなんて言うんだっけな……ウンポコ……いやそれはスペイン語だし! えーと、ポキット……もスペイン語だから!」
という具合に、うんうん考えて話そうとすると、真っ先にスペイン語が出てくる。面白いことにそれは英語では起きない。どうやら脳みそが「ちょっと考えないとしゃべれない言語」として、スペイン語と韓国語とトルコ語をぜんぶ一緒くたにしているようなのだ。

フランス語はリズムを大事にして、と身振りをつけて指導

マーニュ先生先生は語る。

「私は日本語と英語、ロシア語を話しますが、話す言語によって自分の性格が違うと感じます。それを全部ひっくるめたのが私。ロシア語を忘れてしまった子どもたちは、日本に戻って、生活に慣れ、友達を作り、授業を理解するのに、ロシア語の知識は邪魔だったのでしょう。人間は、生活しやすい方、自然に簡単な道を選ぶようにできています。そのため、ロシア語の知識を忘れる必要があったのです」

言語の知識が何かの理解を邪魔することは大いにありそうだ。筆者のトルコ語学習がスペイン語の知識で邪魔をされているように。子どもたちにとって、ロシア語は忘れてしまった方が都合がよかった。だから積極的に忘れてしまったらしい。小さいうちに語学を学んでも、使わなければすっかりなくなってしまうのだ。語学の知識とは、なんと儚いものだろう。

フランス語が20進法を使って数を数えるわけ

語学の勉強は厳しいのだが、先生は言う。

「語学は、好きなことから勉強すればいいですよ。お料理が好きな人なら、レシピから。歌が好きなら、シャンソンなどの音楽から。どんな勉強法が合うのはか、人によって違います。コミュニケーションが好きな人は早くしゃべりたいでしょうし、とことん文法を学ぶのが好きな方もいます」

記者は、歌で英単語を覚えたクチだ。机に向かって勉強するのが苦手だが、歌の歌詞なら苦もなく辞書を引いて覚えることができた。今でも「私の英語の先生は、マイケル・ジャクソンとガンズンローゼズです」と言って回っている。

「大事なのは、続けること。外国語はすぐにぺらぺらにはなりません。少しずつでも『もうちょっと』『いつかここまでは』と、とにかく続ける気持ちが大切です」

継続は力なり……である。記者も長時間、英語と向きあってきた。英語圏への留学経験がないので、とにかくわからないことは山ほどある。自分の語学スキルは遅々として上がらず、亀のようにのろい歩みにウンザリして「もう英語なんかいいわ!」と思うこともよくある。そのやる気を蘇らせてくれるのはいつだって「通じる喜び」だ。旅行先で、ネットで、外国人たちとたわいもないやり取りをしたとき、それまでの膨大な苦労が少しだけ報われる。そして「もう少しやろうかな」という気になってくる。語学の勉強は、たくさんの努力と、ほんのちょっとのご褒美の繰り返しなのだろう。長く勉強を続けるには「ごほうび」を考えておくことも必要なのかもしれない。

ところで記者は大学の第二外国語でフランス語を受講していた。成績はさっぱりで、とにかく難解だった記憶しかない。特に数の数え方だ。
例えば98は、
quatre-vingt-dix-huit
4×20+10+8
だ。

なぜ、こんなややこしい言い方をするのか。

「でも日本語でも同じですよ。例えば、217なら、2×100+10+7という言い方をしています。でも、日本人でわざわざそんな計算をしがら話す人はいません。私も、フランス語で数を数えるとき、計算はしません。『不思議な言い方をするな』と思っても、その『不思議』な気持ちは忘れて、おもしろいと思って何度も口に出しましょう。オートマチックに口から出るようにした方がいいんです」

数の数え方は、どの言語でも、もっとも使う割には覚える難易度が高いように思う。こればかりはとにかく慣れるしかないということか。

「20の倍数を使う考え方は、ケルト文化の影響と言われています。彼らは、手と足の指を20本として、それを1単位にしたんですね。それがフランス語に残っているんです。スコットランドでも20進法を使って数えています。フランスでは20進法を使うのは80(quatre-vingts)と90(quatre-vingt-dix)くらい。同じフランス語でも、スイスやベルギーでは80(huitante*スイスのみ)、90(nonante)と言います」

数え方にケルト文化の影響があるとは面白い。語学は、バックボーンを知ると理解が深まるものだ。その上で、やはり反復練習は欠かせないのだがただ「難しい、不思議だ」と思ったままトライするのとは、気持ちがまったく違いそうだ。

ジャニック・マーニュ先生は今春帰国される。歌うようなフランス語、身振り手振りを交えた授業、そして深い教養に裏打ちされた教えは、いつまでもみんなの心に残っている。マーニュ先生、長い間、本当にありがとうございました。

日本での最後の授業で配られたカード。マーニュ先生お気に入りの写真が添えられていた

〔今日の名言〕「語学は好きなことから勉強しましょう!」

〔大学のココイチ〕共立女子大学博物館では、日本の服飾資料を収集している。博物館や美術館を併設している大学は多くはない。通常入館は無料なので、ふらりと立ち寄ってみるのもいい。

〔おすすめ講座〕楽しくわかりやすいフランス語ベーシック会話

取材講座データ
ジャニック・マーニュ先生と発音・文法を勉強しよう 共立アカデミー 2017年2月18日、3月4日、3月18日

2017年2月18日取材

文/和久井香菜子 写真/まなナビ編集部