女性と子供に優しい印象操作を
「ヒトラー率いるナチス・ドイツはプロパガンダが上手でしたが、なかでもヒトラーは、女性と子供に優しいというイメージを多用した政治家でした」と、伊藤弁護士は言う。
スクリーンには、女性や子供に優しく接するヒトラーの写真が映し出される。ヒトラーはナチスの勢力を拡大していく中で、多くの雑誌に女性と子供と登場したという。そこにあるのは笑顔の優しそうなおじさんだ。また、海辺のリゾートに女性と子供を連れていく写真もある。
「こうして女性や子供に優しいという印象操作をするんです。でもそれはヒトラーだけではありません。世界中の政治家が、女性と子供に優しいというイメージを発信しているのです。つまり、女性と子供のイメージを政治利用する。日本だって同じなんです。
集団的自衛権の論議がされた時、安倍首相は、赤ちゃんとお母さんのパネルを見せて、こういうお母さんと子供を助けないといけないから集団的自衛権が必要だ、と言いました。しかし、民間の市民をアメリカの軍艦が乗せることは一切ないのです。
2015年9月、私は平和安全法制関連法案の国会審議に参考人として呼ばれました。しかしこの国会で、女性の立場から呼ばれた人はひとりもいませんでした。男性ばかりが次々と参考人として発言したのです。パネルでは女性を出し、女性のためですよ、と言いながら、女性の声は一切聞かないのです。
戦争になった場合、最も尊厳が奪われやすいのは女性です。戦争は人を道具にするものですが、中でも女性は道具にされやすい。たとえば占領地での性的加害や性奴隷化、また、将来の兵士を産み育てる機械としての女性観などがそのよい例です。日本でも『女性は子を産む機械』と発言した厚生労働大臣がいたことを覚えていらっしゃる方も多いと思います。
前の記事「現代にも通じる笑えない「ファシズムの兆候」14項目」でアメリカの政治学者ローレンス・ブリット博士の挙げた『ファシズムの初期の兆候』を紹介しましたが、その一つに「はびこる性差別」があります。ファシズムは女性蔑視から始まるのです。男女差別のない社会は平和な社会なのです。私たちはそういった社会を目指さなくてはなりません」(伊藤弁護士。以下「 」内同)
「何が男女の差なのか」これを変えるのは社会通念
「ここで前提として、何をもって男性と女性を分けるのか、という問題を考えてみましょう。男と女では違いがあるでしょう?と言われますが、男女を分ける壁というのは固定化していないのです。たとえば〈育休〉。昔は女性だけが育児休暇を取ることができました。しかし今は、男性も育休が取れますよね。何が変わったのかというと、社会通念が変わったんです。
社会通念とは、社会の意識です。みんなの意識が『男も育休取るの当たり前だよね』と変わってきた。それで育休は女性だけのものではなくなった。つまり、男女の性差も男女差別の基準も、社会の意識が変わることによって変わっていくものなのです。
いま内閣府が推し進めている男女共同参画も、法の下の平等から見れば当たり前のことなのですが、今は残念なことに、実現できていません。だから社会通念を変えるのです。
男女共同参画は、労働力の不足からもっと女性の就労を増やしたい企業の経営戦略を受けて政府が進めているものです。女性は利用されやすいと言いましたが、逆にこれを利用して社会通念を変えていくチャンスにしましょう。企業側も、ダイバシティ―(多様性)を有していることが企業価値につながり、人材確保につながることに気づきはじめています。多様な人材を持つことで、男性の視点からだとわからなかったことが発見され、それがイノベ―ションにもつながる面も注目されています。
男女共同参画が掛け声に終わらないように、また、その本質をしっかりと学んで共有していくことが大切です。それにより、女性が政治利用されない社会へと変わっていくのです」
「壁の向こうに仲間を作れば、壁は壁でなくなる」
「人は違いがあるのはふつうで、差別したがるものです。自分と違う人、理解できないことには不安を覚えるのです。つまり、自信のなさや想像力のなさ、無知・無教養が自分の中に壁をつくり、差別する心を生み出すのです。私たちは見てくれの違いを乗り越えて、知性と意志の力で他者と共通する点を見つけなければいけません。難しいけれども、どんどん抽象度を高めていくことで多様性が理解できるようになる。それが今の社会では求められています。
私は中学生の時、東西冷戦時代のドイツで暮らしていたことがあります。当時、西ベルリンから東ベルリンに入ると、子供心にも『ここまで違う世界か』と思うくらい暗く、自分が生きている間は絶対にこのベルリンの壁はなくならないと思っていました。ところが1989年、壁が崩壊しました。その衝撃の大きさから、『なぜ壁がなくなったのか?』と周囲に訊ね回りました。
すると、6月に亡くなった大田昌秀元沖縄県知事から、イタリアの労働組合をしていたダニー・ロドルチという人がこのような言葉を言っていたと教えてもらいました。
『壁の向こうに仲間を作れば、壁は壁でなくなる』
壁は物理的なものではなく、私たちの意識の中にあるのです。男女の差についても、勝手に自分の中で壁を作っていないでしょうか。その壁を壊すのは、知識と意志と、もし自分が女性だったらどう思うだろう、男性だったらどう考えるだろう、とイメージする〈想像力〉なのです。男女共同参画を推し進めるためには、男性にも女性にも、知識・意志・想像力が必要なのです」
(了)
いとう・まこと 弁護士・伊藤塾塾長・法学館法律事務所所長
1958年生まれ。1981年に司法試験に合格、1982年東京大学法学部卒業。法学館法律事務所を設立し、所長を務める。憲法や法律を使って社会に貢献できる人材の育成を目指し、1995年伊藤塾を開塾。また、書籍・講演・テレビ出演などを通して憲法価値の実現に努めている。NHK「日曜討論」「仕事学のすすめ」、テレビ朝日「朝まで生テレビ」などテレビ出演多数。『あなたは、今の仕事をするためだけに生まれてきたのですか―48歳からはじめるセカンドキャリア読本』『私たちは戦争を許さない』等著書多数。
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取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)