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スマホ時代の図書館は「なぜなのか」を考える場に

奈良県立図書情報館。図書館の蔵書問題は全国の図書館の共通の課題となっている。

奈良県立図書情報館館長の千田稔先生

日本最初の図書館が生まれた地に「図書情報館」と名づけられた図書館がある。それが奈良県立図書情報館だ。千田稔館長は、図書館はもっと情報発信せよと言う。そのココロは何なのか。

8世紀、平城京に図書館は生まれた

─日本の図書館発祥の地は奈良県だそうですね。

千田稔館長(以下、千田)公共図書館の始まりは、奈良時代に、奈良の都・平城京にあった芸亭院(うんていいん)です。8世紀末に石上宅嗣(いそのかみやかつぐ)が自邸の一部に古今の書籍を収蔵して、希望者に閲覧を許したのが、いわば公開型図書館の始まりだったんですね。その発祥の地に生まれたのが奈良県立図書情報館です。

―なぜ名称に「情報」とつけたのですか?

千田:奈良県立図書情報館は平成17年(2005)11月3日、文化の日に開館しました。なぜ「図書館」とせず「図書情報館」としたのかというと、利用者が本を読みに来るだけではなくて、“情報発信を図書館がしないといけない”という考えからです。図書館はありていにいえば「貸本屋」ですよ。しかし「貸本屋」から脱皮しなければいけない時期が来ている。

本を読んでいるそばでコンサートを

―具体的にどのような情報発信を?

千田:まずパソコンを100台近く置き、来館者の方が自由に使えるようにしました。スマホもなかった12年前でしたが、パソコンもあれば資料もあるこの図書館を、“小さな事務所”のように使ってくださいという気持ちですね。それから、みんなが集まるところにしたかったので、イベントを催す図書館をめざしました。まず、歌や楽器のコンサートをしました。(心理学者の故・)河合隼雄先生も趣味のフルートを演奏してくれましたよ。最初は閲覧者にうるさいと思われたら困るな、と思いながらでしたけどね。

―ということは、開館中にコンサートをしたんですか!?

千田:ええ、本を選んだり読んだりする人がいるそばで。別に、図書館は静かだというイメージを覆したかったわけじゃないんですけどね。読書は一人でする行為、イベント参加は人と交流する行為。背反するもののようだけど、どちらも好奇心の延長線上にあるもの。企画しているこちらも好奇心でやりました。図書館でそこまでやるか、と逆に応援する人が増えて、人気が出ました。

奈良県立図書情報館

逆回りしたお客さんが怒ったことも

―ほかにはどんなイベントを?

千田:開館2周年には、ファッションショーもやりました。地元の素材を使ってちょっと独特の衣裳を作る若い人がいてね、天平時代のファッションを作ってもらって階段を舞台にしてショーをしました(2007年11月3日「tribute to光明 Fashion Show」)。司書もモデルとして出ましたよ(笑)

館内のあらゆるところを使ってお芝居をしたこともありますね(2008年劇的☆めくるめく図書館~ならノれきしデたわむれロ」)。面白いのはね、普通のお芝居と違って、お客さんが別の場面を見に歩かなきゃいけないんです。同じ場所では同じ演技を延々つづけてて、お客さんのほうが動いて見て回る。こんな実験的なお芝居をしてくれたのは、「カムカムミニキーナ」という早稲田大学の学生・OBを中心とした劇団。主宰の松村武さんが奈良県出身だという縁で。お客さんの中には逆回りしちゃって「ストーリーがわからないじゃないか」と怒り出す人もいたけど、お芝居を逆さに見るなんてめったにない体験ですよね。それから、力を入れているのは、学び直し。

―どのような学び直しなのですか?

千田:ずっと継続して行っているのは、「図書館劇場」と銘打った講演会です。また、昨年から学び直し講座「図書館学校」というのを始めました。高等時代の教科を学び直そうというものですが、数学なんて人気がありますよ。本当の高校みたいに修了証も出すことにしました。

―なぜ今、学び直しを?

千田:今は、「なぜそうなのか」を考える時代だと思います。図書館は知識を情報発信する場所です。しかし読書というのは孤独だし、一方通行。学び直し講座なら、そこに先生や仲間がいて、質問したり、ほかの人の考えと自分の意見を比べることもできる。そういうことが求められているんですよ。

今はスマホの時代だということを、図書館も忘れちゃいけない。昔は知識を得れば人間は立派だといわれていた。でも今はスマホでかなりの部分まで補える。どう考えるかが問われる時代なんです。だから、リアルな現場で学び直しをやろう、と。

スマホ時代、知識の価値が変わってきた

―図書館と同じく、知識を得る手段とされてきた書籍も、変わっていかなければならないのでしょうか。

千田:そう思いますね。本の作り方も、問いかけをするような作りにしていかないといけないと思う。いま本はたくさん出ているけれど、内容が似たり寄ったりでしょう? たとえば、飛鳥時代を扱った書籍はいっぱいあるけれど、どれも「石舞台古墳」だとか同じことが書かれている。しかし、飛鳥で何が考えられてきたのか、そういう問いかけをする本はほとんどない。知識を得るだけなら、本じゃなくてスマホで充分なんです。年代や出来事が知りたくなったらスマホでいつでも調べられる。「なぜなのか」が必要なんです。そして、「どう生きるか」。

僕は図書館に来る人の多くが、潜在意識下ではそれを探しにやってきているのではないかと思っています。「なぜなのか」「どう生きるか」という問いに対して、答えは出ないかもしれないけど、その道筋にいたる情報を発信できる図書館でいたいと思いますね。

Profile●千田稔
せんだ・みのる 奈良県立図書情報館館長、国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は歴史地理学。著書に『古代日本の歴史地理学的研究』『邪馬台国と古代日本』『古代日本の王権空間』 『伊勢神宮―東アジアのアマテラス―』『古代天皇誌』など多数。

文/植月ひろみ 写真/植月ひろみ、(c)leungchopan / fotolia

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