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スマホを離せない人ほど東洋思想を学ぶとよい理由

「東洋思想と日本」を語る谷中信一先生

電話番号が覚えられなくなった、漢字が書けなくなった、地図が読めなくなった……こう思っている人は意外に多いのでは? その要因のひとつが、テクノロジーの発達にあることはいうまでもない。そのような時代だからこそ、心と体のメカニズムをもっと学ぶ必要があると唱えるのが、日本女子大学の谷中信一先生だ。

頼りすぎてそれまで持っていた能力が奪われる

「私たちは高度なテクノロジーと複雑化したシステムの恩恵を受け、想像もしなかったほどの便利な時代に生きています。しかしスマホやカーナビ等に頼りすぎるがために、それまで持っていた能力が奪われています。自分の心と体を省みることが今、求められているのです。日本人の心と体をつくってきたもの、それが東洋思想なのです」

そう語るのは、東洋思想家で日本女子大学名誉教授の谷中信一先生。この夏、日本女子大学では「東洋思想と日本」と題した講座を開催した。日本で生まれ育った人の多くは、日本の伝統文化や習慣、価値観を空気のように呼吸しながら、それを当たり前と思って日々を生きている。そうしたなか、あえて自分を育んできた思想や価値観を見直して、自分が何者なのか見つめ直そうというのだ。

テクノロジーやシステムの発展はけっして悪いものではない。それは快適な環境を手に入れるため、つまり幸福を手に入れるために、人が望んだものだ。谷中先生によれば、「人」は、“心と体”からできており、“自然と社会”という環境に左右され、自分たちの作り出した“テクノロジーとシステム”を進化させることによって“自然と社会”という環境を変えながら暮らしている生物と定義づけられる。

テクノロジーは生活技術とも言い換えられ、人は過酷な自然や外敵から身を守るために衣服や住まい、武器を発達させ、空腹を満たすために調理法を発達させていった。また、システムは政治・経済・法律制度とも言い換えられ、集団生活の秩序と平和、欲しいものを得るための貨幣制度などをもたらした。

釈迦の説いた四苦八苦にうなずく日本人

しかし、システムとテクノロジーは、負の側面(文明の危機)も作り出す。その典型例が公害だ。この文明の危機を乗り越えるために、人はまた新たなシステムやテクノロジーを作り出さなければならず、つまるところシステムとテクノロジーには終わりがない。そして今、システムとテクノロジーの発展は、私たちの能力を奪うところまで来ている

しかし変わらないものがある。それが心と体だ。わたしたちの心と体はどういうふうに動くのか、それを洞察するエッセンスを東洋思想に求めることができるのだと、谷中先生は説くのである。

「釈迦は2500年も前に人というものは四苦八苦から逃れられないと説きました。“四苦”とは生・老・病・死。“八苦”は、この四苦に、愛別離苦(あいべつりく=愛するものと別れる苦しみ)、怨憎会苦(おんぞうえく=嫌いなものも受け入れる苦しみ)、五蘊盛苦(ごうんじょうく=自分が自分であることの苦しみ)、求不得苦(ぐふとっく=欲しいものが手に入らない苦しみ)の4つを加えたものです。これだけ発展しても、人は生きることに苦しみ、老い・病気・死に悩みます。人間関係に苦しみ、自分が何者であるか悩み、いくら豊かになっても尽きることのない欲望に苦しむのです。それは1000年後も同じでしょう」(谷中先生。以下「 」内同)

この釈迦の四苦八苦の話を聞いて、私たち日本人が思わずうなづくのは、私たちの心に、こうした思想を受け入れる余地があるからだ。それこそが、日本人を日本人たらしめている東洋思想の根本に触れることになる。

体を鍛えることで心を、心を鍛えることで体を鍛える

では私たちの体はどうか。谷中先生は、体についても東洋思想はそのメカニズムを説いてきたという。

「人間の体というのはどういうふうに動くのかについて、古武術は深い洞察をしています。その最大のエッセンスは、心と体の調和した体捌(たいさば)きです。面白いことに、ヨーガでも、太極拳でも、同様に心と体の調和を説いています。

古武術は無駄な力を排除し平常心を保つことに重きを置いています。また、ヨーガは、身体の機能を活性化することで心身の統一をはかるとしています。太極拳は、重心を保つことで心と体がバランスよく自然につながっている状態をめざすものです。重要なのは、自然に自然体にはなれないということです。自然体になるには、心身を鍛えなければならないのです」

すべてに共通するのは、体を鍛えることで心を鍛え、心を鍛えることで体を鍛えるという考え方だ。発達しすぎたテクノロジーのために人間の鍛える力が奪われているいま、この「鍛える」ということが、現代に東洋思想を学ぶべき大きな意義となる。

「東洋思想の大きな特色は、人間の都合に合わせて自然や社会を変革することを志向してきた西洋に対して、人の心と身体のメカニズムに関心を寄せてきたところにあります。それは私たちの先人が長い歴史の中で培ってきた深い洞察の産物でもあります」

目の前のテクノロジーが必要か過剰かの見極め

スマホやタブレットが普及し、いまや誰もが職場を離れても仕事のメールやチャットに追われている。さまざまなニュースアプリを駆使して、寸暇を惜しんで「情報収集」に勤しんでいる人も多いだろう。本質的には進歩のない人間が、猛スピードで進化するテクノロジーに追いかけられているのが私たちの日常だ。

「東洋思想を学ぶことで、変わるものと変わらないものがあることがわかり、目の前のテクノロジーが自分にとって必要か過剰かの見極めがつくようになります。どこまでも進化してくテクノロジーに置いていかれるのではないか、という焦りから自由になれる、ということは現代において、本当の意味で心の自由が手に入ることにつながります

忙しい人ほど、人の心と体の本質を教えてくれる東洋思想に目を向けて見けてみてはどうだろうか。

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取材講座:グローバル時代の東洋思想と日本(日本女子大学公開講座)

文・写真(講義風景)/小島和子