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サヨナラダケガ人生だ 名文に学ぶ起承転結文章上達術

「短文の魅力・書き方」講座

ブログやフェイスブック、ツイッターなど、現代は他人に読ませる短い文章を書く機会が格段に増えている。「ちょっとしたコツさえつかめれば、誰でも自分の思いが文章にできますよ」とアドバイスしてくれるのは、武蔵野大学名誉教授の高村壽一先生。元日経新聞論説委員でもあった高村先生が教えてくれる、短文を書くコツとは?

「サヨナラダケガ人生ダ」が導き出す「ハナニアラシ」

文章の基本は『起・承・転・結』。なかでも『転』がもっとも難しいのです

こう語るのは、武蔵野大学で「短文の魅力・書き方」の講座を担当する高村先生。先生が起承転結の見本として挙げたのが、井伏鱒二の次の詩句だ。

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
サヨナラダケガ人生ダ

じつはこの詩句は、「勧酒(かんしゅ)」という中国の漢詩を和訳したものだ。

勧酒
君に勧める金屈巵(きんくっし)
満酌(まんしゃく)辞するを須(もち)いず
花発(はなひら)けば風雨多く
人生別離足(おお)し
(君に金の盃を勧めるが、どうかなみなみと注いだ酒を遠慮しないでくれ。花が咲けば雨風が花を散らすように、人生というのは別離の多いものなのだ。訓読・訳は編集部)

唐の詩人・于武陵(うぶりょう)が作った漢詩も素晴らしいが、井伏鱒二による和訳は、漢詩のもつ雄大さはそのままに、世界が日本的情緒に移しかえられていて、現代の私たちが読んでも胸に迫るものがある。まさに名訳であり名詩である。

最後の「サヨナラダケガ人生ダ」がことに有名だが、それを引き出した「ハナニアラシノタトエモアルゾ」こそが “転”だ。

起・承・転・結」は日本では、文章を破たんなく作るときの構成法のように受け止められているが、本来は4行からなる漢詩(「絶句」という)の各行の詩句を、起句・承句・転句・結句といったものだ。起こし、承(う)けて、転じて、結ぶ。そういう目で先ほどの詩句を見れば、“転” の巧みさに気づく。

短い文章は、“転” をどう思いつくかが、人を惹きつける文章になるかどうかの分かれ道となります。“転” が大きければ、文章も大きくなります。短文の達人であった向井敏(むかいさとし)さんの『文章読本』にも、“転” の重要性が説かれています」(高村先生。以下「」内同)

そしてこう続ける。 「どんな文にも、かならず起承転結がなくてはならないというわけではありません。ただこれを心がけていると、淡々と終わらないで、きちんと内容が伝わるのです」

名文を写すことを勧めない理由とは

高村先生は長く日経新聞の論説委員として、社説や一面のコラム「春秋(しゅんじゅう)」を執筆してきた、書くプロだ。その講義の中で、ひとつ意外だったのは、「写す」ことを勧めなかったことだ。

一時期、“なぞり書き”がブームになったように、まるで写経のように名文を写すことで、名文のリズムや書き方をわがものとすることができる、と古くから言われてきた。しかし先生は「写す」ことを勧めないという。

「なぜなら、「写す」だけでは、人は考えないからです。書くことは自分の頭を使う作業です。それを捨てては元も子もない。もしその文章を自分のものにしたいのなら、「削る」ということをしてみてください。新聞の1面コラム──朝日新聞なら「天声人語」、日経新聞なら「春秋」──こうしたコラムは限られた文字数のなかに知識・情報や意見を織り込んで、しかも人を惹きつける文章を書くことが求められます。たとえば、このようなコラムを1/3に縮めてみる。すると文章の骨格が浮かび上がってきて、書いた人の意図や、なぜそこに修飾語を入れたのかがはっきりしてきます」

そうはいっても、名文を見本に勉強しても、いざ人に読んでもらう文を書くとなると、なかなか書き出せない、どうしたら自分の思いを文章で伝えられるのか、と悩む人はたくさんいる。そんな人に向けて、先生が説くのが、5つのポイントと、4つの心構えだ。

グレーは絶対に回避する

(1)書き出しは文章の玄関。読む人が入りやすいように、書き出しに工夫する。
(2)感想ではなく「道理」を書く。それが論を立てるということ。
(3)正しい知識に基づいて書く。調べて書く癖を身につける。
(4)書くテーマについて自分の意見の「是・非」(イエス・ノー)を鮮明する。グレーは絶対に回避する。
(5)内容を終始一貫させて、きれいに終わらせよう。

とくに「是非を鮮明に」というのは目からウロコの視点だった。高村先生によれば、ああでもないこうでもないという文章は読まれないという。「是」で押すにしても「非」で押すにしても、そこには熱意がにじみ出てくる。ただし思い入れだけでなく、根拠はきちんと調べておくことが大切だという。

書くときに大切な4つの心構え

(1)読み手の立場になって考えよう。
(2)使い古し(常套)の言葉を避ける。
(3)道徳(きれいごと)ばかり書かない。「~べし」ばかりだと飽きる。
(4)フレッシュさとか、新しい角度といった、新鮮さを大切に。くどくどわかりきったことばかり書かない。

たとえば、病気で入院している人に手紙を書くとき、ついつい紋切り型になりがちだ。しかし、病人はそういう手紙には飽きていて、気晴らしを求めている。そういうときには、「あなたの好きなとりたてのブドウを今度一緒に食べに行きましょう」「ナイター・阪神タイガースを一緒に応援に行きましょう」といった、パーソナルな思いを書くとよいと、高村先生はアドバイスする。

それでも書けないときは「です・ます」で

高村先生は言う。

「新聞記者時代に、新人記者から、記事が書けない、どうしたらいいでしょう、という相談をたくさん受けてきました。そういうときは、どういう話なんだ? とこちらから聞くのです。すると、これこれこういう話なんです、と答える。そこで、それをそのまま書きなさい、とアドバイスしてきました。人が文章を書くためには、もう一人の自分が必要なのです。どうしても書けないときは、最初、『です・ます』で書き出してみると案外書きやすいものですよ」

そして、「名文を目指さないことが何よりたいせつです。書き慣れていない人ほど、名文を書こうとして書けなくなります。それを避けるための一つの手が、締め切りを設けること。書くためには「諦め」も大事ですよ」と締めくくった。

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文・写真/まなナビ編集室