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アルツハイマー型認知症に女性ホルモンがかかわる理由

上の青い部分が海馬 (c)Sebastian-Kaulitzki/fotolia

記憶力や判断力が失われていくアルツハイマー型認知症。とくに女性は男性の2~3倍多く発症することが知られている。それにはエストロジェンの減少が関係していると、横浜市立大学大名誉教授での田中冨久子先生は指摘する。脳とホルモンの驚きの関係とは。

なぜ女性は男性の2~3倍アルツハイマーになるのか

アルツハイマー型認知症にエストロジェンの減少が関係していると説くのは、脳とホルモンの研究や脳の性差研究の第一人者である田中冨久子先生。

脳とホルモンの深い関係について研究してきた田中先生は、女性が男性の2~3倍という高率でアルツハイマー型認知症を発症するのは、閉経後の女性の脳が、女性ホルモンの一つであるエストロジェンの欠乏から脳の病的老化が促進されていることが原因の一つなのではないかと指摘する。

女性が更年期を境にエストロジェンの分泌量が急激に減少し、なんと男性の半分にまで減って生涯続くこことについては、前の記事「なぜ女性は閉経後に、のぼせや発汗に悩まされるのか」に記した。

アルツハイマー型認知症とは、何らかの原因で大脳皮質の神経細胞が減少し、大脳皮質に老人班が生じ、神経細胞に繊維状のものが蓄積し、大脳が萎縮してゆく病気である。その主症状は記憶障害、見当識障害、判断・実行機能障害、失語・失行・失認、病識欠如などだ。

発症は75才以上に多く、とくに女性は男性の2倍~3倍である。日本の認知症患者のおよそ半分がアルツハイマー型認知症だと言われている。

アセチルコリンの働きが弱まることも原因の一つ

アルツハイマー型認知症の原因の一つに、アセチルコリン仮説がある。アセチルコリンとは脳内で情報を伝達する最重要な神経伝達物質だ。この仮説は、大脳皮質全体の萎縮のほかに、とくに海馬の萎縮がおこっていることを基盤としている。海馬は記憶をつくるうえで最も重要な脳部位なのである。

アセチルコリンは、アセチルコリン神経細胞が集まっている神経核から大脳新皮質や海馬に送られる。この神経核は多く脳幹部というところにある。

アセチルコリンを送られた神経細胞は興奮し、新皮質では覚醒の特徴であるベータ波を脳波に出現させ、海馬ではシータ波の脳波が出現することを契機に新しい神経細胞が作られる。

今、アルツハイマー型認知症患者に多く処方されるアリセプトは、アセチルコリンを分解する酵素の働きを弱めて、アセチルコリン濃度を高めるための薬である。

では、なぜ女性は男性に比べてアセチルコリンの分泌が弱まってしまうのだろう。それは以下のような仕組みで起きる。

エストロジェンやテストステロンがアセチルコリンの濃度を高める

アセチルコリン神経細胞は、エストロジェン受容体やテストステロン受容体を豊富に持っている。田中先生の研究によれば、メスのラットではエストロジェンはこれらの神経細胞に結合して大脳新皮質や海馬でのアセチルコリンの分泌を増やす働きをしている。

一方、オスのラットでは、男性ホルモンの一種、テストステロンがこの働きをしている。つまりメスの脳ではエストロジェンが、オスの脳ではテストステロンがこのアセチルコリン濃度を高める働きをしているわけである。

男性でも、老化に伴って精巣が低下し、男性ホルモン(テストステロン)の血中濃度が徐々に低下はしていくが、女性のように女性ホルモン(エストロジェン)が50歳でガクンと消失してしまうわけではなく、脳内のアセチルコリン分泌は女性よりは高く保たれるであろうと推測される。これが、性差の一つの原因と思われる。

海馬の神経細胞はいくつになっても新しく作られる

こうしたエストロジェンやテストステロンの認知機能を促進する作用は、アセチルコリン神経細胞を介して発現するだけでなく、脳内のいたるところにある抑制性のGABA神経細胞の働きを抑制することでも起こると想定されている。つまり、抑制する働きを抑制することによって、逆に認知機能を促進しているのだ。

なお、かつては、脳の神経細胞は一度完成したら後は死んでいくだけで新しく作られることはないと考えられていたが、前述したように、アセチルコリンの分泌を受けて海馬では新しい神経細胞が作られるということが常識になってきている。この海馬で新しく作られた神経細胞が、海馬の記憶機能に深く関わってゆくのである。

また、海馬へのアセチルコリンの分泌を促すものに学習と運動があげられるが、これらは海馬の神経細胞の新生も刺激することがわかってきた。

つまり、エストロジェンをいつも体に満たし、学習と運動を絶えず行うことが、アセチルコリン神経細胞の活性化や海馬の神経細胞の新生につながり、アルツハイマー型認知症の発症を抑える可能性を高めるのだ。

田中先生は、女性の体にとってエストロジェンは必要不可欠なもの。それが欠けている状態のほうが不自然だという。女性がいつまでも生き生きと過ごすためにも、ホルモン補充療法は必要なものだということを認識してほしいと訴えている。

次回は「女性ホルモンの欠乏は血管老化も引き起こす」。

田中(貴邑)冨久子
たなか(きむら)・ふくこ 医学博士、横浜市立大学名誉教授。田中クリニック横浜公園(更年期女性外来/生活習慣病外来)院長。
1964年横浜市立大学医学部卒業、同大大学院医学研究科修了後、同医学部教授、同医学部長を歴任。専門は生理学、神経内分泌学、脳科学。平成29年秋の叙勲において瑞宝中綬章を受章。主著に『女の脳・男の脳』『女の老い・男の老い』(ともにNHKブックス)、『脳の進化学』(中公新書ラクレ)、『がんで男は女の2倍死ぬ』(朝日新書)、『カラー図解 はじめての生理学』上・下 (講談社ブルーバックス) 。学会活動は貴邑冨久子として行っている。

◆取材講座:「ホルモン補充療法とは」(横浜市立大学市民医療講座/アートフォーラムあざみ野)

取材・文/まなナビ編集室(土肥元子)