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なぜ脳は身体より先に老化してしまうのか

脳の老化ってどんなこと?

患者520万人、予備群まで加えたら1000万人近い人が、さらにその家族まで加えたら数千万人の人が悩み苦しんでいるかもしれない認知症。今からできることはないのか。どうすればいいのか。「脳の老化ってどんなこと?~からだのサビが認知症を引き起こす!~」と題する、講師の福井浩二先生(芝浦工業大学システム理工学部教授)の講座には、定員を超える受講生が集まっていた。

一線の研究者が解き明かす「脳の老化」の仕組み

「歳を取ったなあ」とつくづく感じる第一の身体の部分が、目だ。

記者は新聞の字が読めなくなり、メガネ(もともと近視)を外した方がよく見えると気がついた。だが、かなり紙面に顔を近づけなければならず、そのうちパソコンの字も見えなくなってきた。これでは仕事にさしつかえると、遠視用のメガネを作った。

顔も老けた。多くの女性たちが鼻の脇から口に向かってのびる「ほうれい線」が濃くなって老け顔に見えると悩んでいるようだが、男もそこは同じ。鼻の脇の陰影は日増しにくっきりとし、すぐ横のほっぺたも垂れ下がり始めた。放っておけば岸信介や佐藤栄作(この例えがわかる人はけっこうな歳に違いない。ぜひ、画像でググッてほしい)級のブルドッグ顔になってしまう、いや、もうなっていると、慌ててジョギングを始めたが、続かないのが情けない。

これらは目に見える老化だ。自覚症状もある。だが、見えない老化もある。身体の中、特に脳の老化は目に見えず、自覚も難しい。これだけ高齢者が増え、現実に認知症など「脳の老化」が問題になればもう他人ごとではない。

現実に自分の身体はあちこちガタガタだ。頭にガタが来てもおかしくはない。かつては物忘れのひどさを自虐ギャグとして笑い飛ばしていたが、それも若いからできたこと。最近は、まあ大丈夫ですか? と周りの人が真顔で心配してくれる。

現実を直視せねばという一大決心のもと(本当は編集部から「ピッタリだから行ってみてください」と言われたから)、向かったのが芝浦工業大学の講座「脳の老化ってどんなこと?~からだのサビが認知症を引き起こす!~」(2017年1月)だった。

老化とは酸化、特に激しいのが脳の酸化

芝浦工大と聞けば電気や機械の世界を想像するが、この日、教壇に立った福井浩二先生は、生命科学科の教授だ。システム理工学部生命科学科は2008年に設立されたまだ新しい学科で、福井先生も40代の精鋭の研究者だ。「脳の老化」の世界で多くの実績をあげる学者でありながら、ご自分の薄くなってきた頭を笑いのネタにできる尊敬すべき先生だ。定員100名を超える受講者が押しかけ、満杯になった会場で講座は始まった。

福井先生の話をひとことで表現すれば、「老化とは酸化である」ということだ。歳を取るごとに身体の細胞のあちこちが酸化して蓄積していく。それが老化だ。酸化の身近な代表例が金属のサビだろう。「身体がサビ付く」という表現があるが、まさにその通りのことが起こっているわけだ。

中でもサビの一番ひどいところが脳だ。もともと脳の細胞は酸化しやすい物質でできている。それに加え、考えることはもちろん、身体中の機能を司る脳は休みなく働き続け、酸素消費量は身体のどの部位よりも多い。人間の脳は体重の2%だが、酸素消費量は身体全体の4分の1を占める。その結果、他の身体の部位に比べ、脳の酸化は激しくなり、その結果、脳の老化を招くことになる。認知症をはじめ脳の病気の原因になる。

生理的老化は避けられないが、病的老化は阻止できる

それでは「脳の老化」を防ぐにはどうすれば良いのか。

誰でもできる方法は二つ。

1) 抗酸化成分の含まれる食事を摂る

カテキン(お茶に含まれる)、ポリフェノール(ウーロン茶、赤ワイン)、そしてビタミンCやビタミンEなどだ。そうすれば身体の中で酸化の進行を防ぐことができる。

2) もうひとつ大事なのが、規則正しい生活をすること。生活のリズムの乱れは、身体の代謝機能やホルモン、神経のバランスを崩す。食事として摂るべき上記の抗酸化成分以外にも、人間は身体の中に酸化を防ぐ成分がある。それらを存分に働かせるためにも、無理をせず、規則正しい生活することが一番だという。

講義中、福井先生が何度か強調するのが「老化とは避けられないもの」ということだ。ちまたでは「若返り」や「アンチエイジング」が流行り、まるで老化してきた道を逆戻りできるようにも聞こえるが、そんなことはあり得ない。

希望を打ち砕くようだが、話には続きがある。「生理的老化」により人間は必ず老化し、寿命を迎える。それはどうしようもない。だが、老化にはもうひとつ「病的老化」がある。これがあるから本来、生きられるのが妨げられ、寿命を縮めてしまう。「病的老化」を防げば、「生理的老化」で定められた寿命を全うできる。

では、「生理的老化」だけならば人間はどれほど生きられるのか。

あげられたのがフランス人女性の例だ。122歳まで生きた。日本でも1960年代は150人ほどしかいなかった100歳超の人(センテネリアン)が、2016年9月現在では6万5千人まで増えた。栄養をしっかり摂り、生活環境が良くなったことで「病的老化」が減り、ここまで人の寿命が延びたのだ。

前半、長寿の記録や統計などの事実が地道に積み上げられ、後半、身体(特に脳)が酸化する仕組み、そしてそれを防ぐ方法へと話が移っていくに連れて、初めは「まさか? あり得ないだろう」と思えた100歳超の寿命が現実味を持って迫ってくるから不思議だ。将来、本当に誰もが100歳以上を生きる時代が来るのだろう。

抗酸化成分を摂ることや、規則正しく生活することも、決して目新しい話ではない。だが、体系だった福井先生の話により、それがいかに大切なことか、改めて実感できる。

この日、隣の席で受講していた50代の女性は「健康については本当にいろいろな情報があふれていて、何が本当なのかわからず振り回されていました。こうして専門家の先生のお話を伺えると、自分で判断できますね」と語っていた。

(続く)

〔この日の3ポイント〕
・老化とは身体の酸化である
・酸化を防げば「病的老化」を防ぐことができる
・抗酸化成分を摂り、規則正しく生活することが大事

〔講演中の今日イチ〕「生理的老化」は避けられないが、寿命を縮める「病的老化」は防ぐことができる

〔受講生の今日イチ〕健康情報に振り回されていたが、しっかりした先生の話を聞いて道を見つけられた

取材講座データ
脳の老化ってどんなこと? 芝浦工業大学公開講座 2017年1月14日

2017年1月14日取材

文・写真/本山文明

〔関連講座〕脳にきく色 身体にきく色 ~思わず誰かに話したくなる、おもしろサイエンス!~