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なぜ仏文学者の蔵書1万冊は図書館で廃棄されたのか

奈良県立図書情報館館長の千田稔先生

4月末、京都市右京中央図書館に寄贈されたフランス文学者・故桑原武夫京都大学名誉教授(1904-88)の蔵書1万421冊が、2年前に無断で廃棄されていたことが明るみに出た。また、全国各地の図書館で学校史などの一部が切り取られるという被害が相次いでいる。図書館の抱える問題について、奈良県立図書情報館館長を務める千田稔先生に尋ねた。

同じ新刊書ばかり置くからスペースがなくなる

─最近図書館のニュースが多いと感じます。とくに寄贈図書の無断廃棄のニュースは大きな衝撃でした。スペースの問題はそれほど大きな課題になっているのですね。

千田稔館長(以下、千田):スペースがないないというけど、それはベストセラーを、しかも同じ本を何十冊と買うからですよ。いまは図書館の利用率も問われるから、ベストセラーをたくさん揃えれば貸し出し数はあがる。しかしそれだけでは図書館の機能は果たせません

─図書館の機能といいますと……?

千田:図書館は「本との出会いをつくる場」です。書店も書棚のつくりかたがとても大切でしょう? 図書館だって同じです。ある本を探しに来たらそのそばに関連した本が並んでいる、手に取ってみたら面白そうだ、これも借りて読んでみようか、と。これが図書館の基本の機能です。一年に一回しか貸し出されないような本であっても、必要であれば備えておくべきだと思う。

寄贈書問題はスペースだけの問題ではない

─京都では、桑原武生京大名誉教授の寄贈図書を、図書館員の判断で廃棄してしまうという事件があったばかりです。現実に寄贈図書は増えているのですか?

千田:増えてますよ。大学を辞めた先生は、みんな本をどうするかで悩むんです。貴重な本がたくさんあっても自宅には置けないし、自分が亡くなったら家族が捨ててしまうかもしれない。そこで図書館に寄贈したいということになる。

ところが、書庫がいっぱいですからと、断る場合が多くあります。僕はそれに反対で、どんどん受け入れるべきだと思っています。たとえば、いったんうちで引き取って情報を流し、ほかの市町村で「こんな本が欲しい」という声があれば、分配するとかの仕組みをつくってはどうかと思う。ただ、寄贈図書の問題はスペースだけの問題ではないんですよね。

奈良県立図書情報館。図書館の蔵書問題は全国の図書館の共通の課題となっている

─スペースだけの問題ではないといいますと?

千田:いま図書館に並んでいる本を見ると、汚れないようにビニールみたいなものでラップされているでしょう。あれはすべて新刊を購入すると、納入業者がやってくれるんです。分類までつけてくれて。だから新刊本は楽なんです。

しかし中古本となると、こちらが分類して、きちんとビニールがけする必要がある。この整理に時間と手間がかかる。それで嫌がられるということもあります。でもそこを嫌がっていては、文化は残らないと思うね。

その土地のことを知っている司書に本を選んでほしい

─公共図書館の運営を民間委託する動きもありますが、それについてはどうお考えになりますか?

千田:大変に微妙な問題ですが、あくまでも図書館の蔵書を選定する立場として考えると、今のところは自主運営にこだわりたいと考えています。いくつか理由がありますが、ひとつは、公共図書館はその土地の文化の集積地なのだから、その土地のことをよく知っている司書に本を選んでほしいから。これは図書館で開催するイベントにも言えることで、企画会社に依頼するだけでは、本当によいものが企画できないと思います。

また、図書館に書店を併設するような形も出てきていますが、本が公平に扱われないという面もあるのではないか。たとえばガイドブックのような実用的なものを例にあげた場合、買われる(書店に置いてもらえる)ガイドブックと、貸し出ししかされない(書店に置いてもらえない)ガイドブックが出てくる。その差は何か。その理由は利用者はわからないし、図書館の司書もわからないかもしれない。

図書館について思うのは、日本はもっと図書館について考えなければならないと思いますね。僕は大学図書館についても言いたいことがあります

畑違いの研究室に本を借りに行くことはない

─大学図書館の問題といいますのは?

千田:海外の大学では、大事な本は大学の中央図書館に収められている。だから、理系の学生も哲学や歴史の本を手に取る機会がある。しかし日本の大学は、中央図書館より学部の図書館のほうが充実していたりする。これは本末転倒です。そのうえ、大事な本は学部の図書館どころか、研究室にあったりするんですよ。

─たしかに。学生時代にある本を図書館で借りようと調べると、これこれの本は〇〇研究室に所蔵されています、といわれたことがあります。

千田:で、その研究室に本を借りに行きましたか?

─いえ、行かなかったと思います。

千田:そうでしょう? 畑違いの研究室に、本を貸してもらいに行くことなどほとんどない。仮に隣の研究室であっても、「何に使うんですか?」とか聞かれたりしたらめんどうだから、借りに行かない。僕はこの問題が、日本で学際的な研究が発展しない理由のひとつになっているんじゃないかと思っているんです。

海外では大事な本は大学の中央図書館に収められ、理系の学生も哲学や歴史の本を手に取る機会がある

僕は一番たいせつな学問は哲学だと思っている。哲学は「人間はどう生きるか」を考えるもの。そこから、文系と理系に分かれていく。だから、文系と理系はけっして正反対のものではなくて、哲学を通して隣り合わせのものなんです。そうした思想がないから、学部図書館を作ったり、研究室に大事な図書がしまわれて、研究室外の人の目に触れないでいる。まず図書館から変えよ、と言いたいですね。

Profile●千田稔
せんだ・みのる 奈良県立図書情報館館長、国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は歴史地理学。著書に『古代日本の歴史地理学的研究』『邪馬台国と古代日本』『古代日本の王権空間』 『伊勢神宮―東アジアのアマテラス―』『古代天皇誌』など多数。

文/植月ひろみ 写真/植月ひろみ、(c)wavebreak3、(c)WavebreakmediaMicro、(c)yossarian6 / fotolia

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