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このままでは高齢者の“生きがい就労”は絵に描いた餅

杉澤先生

年金の支給開始年齢が引き上げられていくのに付随して、高齢者も生きがいをもって働こう、というスローガンをあちこちで見かけるようになった。しかし桜美林大学大学院老年学研究科教授の杉澤秀博先生は、高齢者の就労と生きがいを結びつけることに違和感を感じるという。

高齢者の生きがい就労の形骸化が始まる

桜美林大学大学院には、日本で唯一の老年学研究科がある。そこでは次の3つの分野から老年学が研究されている。1つは医学的側面で、高齢者の疾患や遺伝子レベルでの老化研究。2つめは心理的側面で、生きがいや性格傾向などの老年心理学。3つめは社会学的側面で、高齢者が社会の中でどう扱われているかという問題だ。典型的な例として、定年後に仕事を続けたくても受け入れてもらえない、などがある。

いま法的な定年は65才(定年制がない場合はこの限りではない)。大企業では多くの企業が65才までの継続雇用を打ち出しているが、この恩恵を受けられない労働者もたくさんいる。また、残れたからといって居心地がいいとも限らない。

「もともとこれは、年金の支給開始年齢が65才となったのに合わせて、年金空白期間の5年間を企業で面倒をみてくださいと、企業に責任を転嫁したものです。年金が60才から支給されるが希望者は働き続けられる、という選択の余地がある状況であれば、働くことを生きがいと考えることもできました。しかし、年金は出ない、健康保険も介護保険も上がる、という状況下では、よほど経済的に豊かな人以外は、いやな職場であっても働き続けなければならない。60才を越えての就労がストレスになってくるのです。

定年後に男性が家事をするのは精神的健康によいが、女性には悪いと言われます。それは男性は家事をしてほめられるが、女性にとっては義務でしかないから。同じことをするのでも、自由意志でするのと強制されてするのでは、驚くほど精神に与える影響が違ってきます。今後は“高齢者の生きがい就労”は難しくなるでしょう

オーストラリアでは70才支給開始に

65才まで働く、あるいは将来的には70才まで働かなければならなくなるかもしれない。実際オーストラリアは2035年までに年金支給開始年齢を70才まで引き上げることを決定し、同様に高齢化に悩む欧米諸国の多くも67才まで段階的に引き上げようとしている。「60才でリタイア生活」は夢のまた夢になりつつある。

どの国の政府も、高齢者の活用を打ち出しているが、杉澤先生は、本当に高齢者を活用したいのであれば、職能教育を変えていく必要があると語る。

「産業の現場では、職種によるスクラップ&ビルドが激しいのです。定年前の50代、あるいはもう少し前から、時代を見通してどのような職能を身に付けるべきか、職能設計の見直しを社会的に進めて、その受け皿を用意する必要があります。個人のライフコースに影響を与えているのは社会なのです。社会がニーズを考えて、職能訓練の場を用意しなければなりません。個人の自助努力ではどうしようもない問題なのです。

たとえばいま65才まで多くの人が働けるようになったのは、国が法律を変えたからでしょう? これは社会システムの問題。高齢者が就労の場に出ていく職能訓練のシステムを用意しないと、企業も疲弊していきます」

日本は世代間格差が起きやすい

そのうえで、日本の企業文化や労働者の意識も変えていく必要があると杉澤先生は言う。

「60才を越えて継続雇用される人がストレスを感じずに働けるには、どうしたらよいか。これは結構、日本独自の問題なのかもしれません。なぜなら欧米ではポジションで報酬が決まるので、日本のようにエイジズム(年齢差別)が強くなく、高齢者を敬いもしない代わりに蔑みもしません。しかし日本は年功序列で、ポジションや給料が年齢に連動するので、世代間格差が起きやすいのです

若い人から見れば、上司が居残られると困る。これは上司だとか年配者に配慮しすぎるから。高齢者も過剰な自意識を捨てて、老いも若きも等しい立場で働くというように全体の意識が変わっていけば、もっと働きやすくなるでしょう。もうこれは“慣れ”の問題ですね」

自分の能力を客観的に検証する時代に

雇用される側も、自分の能力を客観的に見る必要が出てくるという。

自分のスキルは何か、ということをもっと考える必要が出てくるでしょう。たとえば交渉能力に優れているなどといった強みを早い段階で作り上げることが大切です。人材バンクの人からよく聞く話ですが、一番扱いにくいのがホワイトカラーの管理職。プライドだけ高くて職能がついていっていない、若い人ともコンフリクト(対立)を起こす。そうならないように、自分自身を客観的に見られるようになることも大事です

年功序列型の報酬体系も変わっていくかもしれないですね。企業が定年制廃止に及び腰なのは、ある一定年齢以上になると、その人の能力以上の給料になってしまうから。これまでは新卒で雇用され、ロイヤリティー(忠義心)を発揮して定年まで勤めればその分は保証するというシステムだったのですが、今はそれが世代間格差を生み出しているわけです。

では能力給が優れているかというと、それがまた難しい。年功序列型には今すぐ成果が出なくてもじっくり待とうというモラトリアムが設定できるメリットがありました。しかし能力給になればすぐ成果を出すことを求められ、長い視野で人材養成をすることができなくなります。企業の社内教育力も弱まっている。もう個人的努力では、日本全体のマンパワー要請に追いつかない。だからこそ国には高齢者再教育の受け皿を用意してほしいのです。

一度退職してから学び直して、つまり自分でモラトリアムを設定して、再び就労するというライフコースをたどる人も増えてくるかもしれません。そうした人の受け皿として大学も機能していかなければならないと思います」

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取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)