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【憲法を考える】憲法とは国民の権利を政府が侵害しないように定めるもの

憲法を語る橋本基弘先生(中央大学法学部教授)

今年、日本国憲法は 72 歳を迎える。中央大学では社会人を対象に憲法を教える講座を毎年春と秋に開催している。講師は法学部教授の橋本基弘先生。講座HPには「憲法をめぐる昨今の状況は、憲法についての国民の意識と憲法を運営する者との 間にみぞを作ったように思えてなりません。憲法とは、国民が憲法だと 意識して、国家に守らせるルールです」とある。昨年春にインタビューした内容をこの記念すべき日に再掲載する。

憲法には「幸福」という言葉が書かれている

――この「憲法入門-日常生活の視点から考える-」講座(中央大学クレセントアカデミー)では、どのような話題が取りげられるのですか?

橋本:公開講座の受講生は社会人ですから、皆さんが興味を持つようなタイムリーな話題を提供したいと思っています。今年前期は、最もホットな話題である天皇の生前退位の話題と、選挙制度の話題を取り上げる予定です。90分の授業を3回行いますが、毎回、受講生から熱心な質疑が寄せられます。受講生の多くは、60代から70代の方で、定年退職後に改めて憲法を勉強していようという方が多いようです。

――講義にあたって、とくに意識されていることは?

橋本:憲法はわたしたち国民を守るためのものです。もっと憲法をわたしたちの暮らしに近づけるために、「できるだけわかりやすい、日常の言葉を使って、憲法を考えてみよう」と、5、6年前に始めたのがこの講座です。憲法はけっして私たちの日常生活と別のところにあるのではなく、私たちの暮らしや人生観に深くかかわっているのだということを、講義の端々に伝えていきたいと思っています。実際、「こんな条文があったの?」と驚かれることもしばしばです。

――それはどんな条文ですか?

橋本:たとえば「幸福追求の権利」というのが憲法13条にあります。「幸福」という言葉が法律用語として憲法に書かれていることに驚く方がたくさんいます。「では、あなたにとって幸せとは何ですか?」といった質問を投げかけると、自分にとっての幸せとは何かを考える。そして、「幸せは結局、一人一人が決めることだよね」という話になり、そこから「自己決定の権利」へと理解が及んでいく。すると、「生きるか死ぬか」「誰と結婚するか」「何を食べるか」、そういうことを決めるのは本人の自由だ、ということが憲法に書かれているのだ、ということがわかってきて、そこに日常生活と憲法の接点が生まれます。

「今の日本の内閣総理大臣の権力は絶大です」

アメリカ大統領と日本の総理大臣、どっちが強い?

――選挙制度についても取り上げられたことがあるとか

橋本:いま、新聞ではトランプ大統領の話題がよく取り上げられていますが、「アメリカの大統領と日本の内閣総理大臣を比べると、どちらがその国において権力があると思いますか?」という質問をよく、受講生に投げかけるのです。

すると、アメリカ大統領と答える方が多いのですが、これが違うのです。アメリカ大統領のほうが権限そのものは強いのですが、与党が過半数を占めるという条件のもとでは議院内閣制下で選ばれた日本の内閣総理大臣のほうが、やりたいことを自由にできるのです。実際、トランプ大統領は、さまざまなことをあきらめなければならなくなっているでしょう? 内閣総理大臣がリーダーシップを発揮しにくいから首相公選制を主唱する議論がありますが、今の小選挙区比例代表制で与党が過半数を占める状況下で選ばれた内閣総理大臣ほど強い存在はないのです。

「憲法はまるで空気のようなものです」

アメリカ国民が政権に銃口をつきつけて憲法を守らせる権利

――聞けば聞くほど、憲法を知ることは社会を知ることにつながるのだと思えてきます。憲法について、「わたしたち国民を守るためのものです」というお話がありました。これについて、詳しくお聞かせください。

橋本:それについては、アメリカ合衆国憲法を考えるとわかりやすいのです。アメリカ合衆国憲法には、銃を持つ権利があります。このために銃規制ができないという弊害があるのですが、では合衆国憲法で所持が保障されている銃の銃口はだれに向けるものなのだと思いますか? その銃口を向ける対象は連邦政府なんです。合衆国憲法を守らないという政権が出てきたとき、アメリカ国民が政権に銃口をつきつけ、憲法を守らせる力があるという権利を、アメリカ国民は有しているのです。合衆国憲法は200年以上続いている。なぜ続いているかというと、守らないと国民から銃口をつきつけられるからです。

翻って日本でも、日本国憲法は、国民の権利を政府が侵害しないように定めているものなのです。もしそれを侵害することがあれば、国民はNOを突き付けることができる。実際、70年間余、憲法はずっと守られてきました。自民党は今の憲法を批判し続けてきたけれども、きちんと守ってきている。じつは憲法は、守らなくても罰則はないのです。

――憲法は守らなくても罰則がないのですか?

橋本:はい、守らなくても処罰されない、というのが憲法です。「たとえば犯罪をおかすと処罰されますし、名誉毀損をすると損害賠償請求をされます。しかし、憲法は、守らなくても処罰されない。でも守ってきている。なぜでしょう?」という話もよく受講生にします。それは、憲法を守らないと社会が混沌としてしまうのだということを、政治を担っている人が意識しているからだと思います。それからもうひとつ大切なことは、先ほどの合衆国憲法の例でもわかるように、国民が守らせている、というところが大きいと思います。

――最後にお聞きします。憲法はわたしたちにとって、どのような存在なのでしょうか。

橋本:憲法とは、空気みたいなものなのです。あたりまえのようにそこにあって、普段は存在に気づかない。しかしそれが失われたときに初めてわかる。だから、それを意識しないで生きていけることこそが、健全なのかもしれません。自由だとか平等だとかをあえて考えなくてもよいということは、幸せな状況なのでしょう。憲法を意識するということは、なにがしかの不自由なり、なにがしかの差別なりが生まれてきている、ということなのかなと思っています。

だからこそ、憲法について考えてみることは、私たちの暮らしに潜んでいて、まだ私たちが気づいていない、さまざまな問題を考えてみるきっかけとなるのです。さまざまな社会経験を積み、複雑な人間関係の中で生きている社会人の方が憲法を学ぶなかで気づかされることはまだまだ多くあると思いますし、私も受講生の皆さんと、一緒に学んでいきたいと思っています。

2018年春の『憲法入門 ―日常生活の視点から考える―』は、2018年5月11日に開講予定。

文・写真/まなナビ編集室