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「環境の激変は好機!」省エネの電動パワステ開発物語

東京電機大学工学部先端機械工学科教授、清水康夫先生

現代の自動車になくてはならない電動式パワーステアリングが登場したのは、1980年代終わりのことだった。じつはその開発は1970年代のオイルショック時に遡る。環境の激変こそがイノベーションのチャンスだと語るのは、電動パワーステアリングの生みの親で、東京電機大学工学部先端機械工学科教授の清水康夫先生。清水先生が語る電動パワステ誕生秘話とは。

パワステが「パワーを捨てる」と思われていた油圧パワステ時代

社会環境の変化が新たな課題を生み出すのです。だから変化はチャンスだと言えます」(清水先生。以下「 」内同)

そう断言するのは、東京電機大学工学部先端機械工学科教授の清水康夫先生。この9月、東京電機大学で開催された社会人向け新教育課程開設記念フォーラムで、清水先生は自らの開発経験を語った。

清水先生は株式会社本田技術研究所(以下「本田技研」)で主任研究員として数多くの研究開発に携わったあと、現在は母校の東京電機大学で後進を育てている。本田時代は自動車技術の分野で数々の技術革新を実現させたが、なかでも世界に先駆けて電動パワーステアリングを開発したことで知られる。

「パワーステアリングのことを通称パワステと呼びますが、〈パワステとはパワーを捨てること〉と言われた時代もありました。一般に自動車は走行するのに必要な動力は15馬力くらいですが、そのうちパワーステアリングはハンドルを切らないでただ走っているだけでも1馬力くらい食ってしまう。とにかくパワーロスが大きい装備だったのです。

しかし、重い車を軽いハンドル操作で運転するパワーステアリングは、自動車に必須の装備のひとつでした。このパワーステアリングを何とかできないか、というのが本田時代に取り組んだ大きな課題でした」

清水先生が本田技研に入社したのは1979年。当時のパワーステアリングは油圧式以外ありえないという時代だった。油圧式とは、エンジンの出力でポンプを作動させて得た油圧の力でハンドル操作を補助する方式である。

省エネが自動車業界の大きな課題に

1973年、第4次中東戦争が勃発したことから原油公示価格が急騰した。第1次オイルショックである。清水先生が入社した1979年には第2次オイルショックが襲い、日本経済は混乱の中にあった。

「オイルショックは自動車業界に計り知れないほど大きな影響を与えました。1982年にガソリン価格は1リットルあたり177円を記録しました。マイカー自粛なども起き、省エネが大きな課題とされるようになりました」

「パワーを捨てる」といわれたほどエンジンの出力に頼る油圧式から、エンジンの出力に頼らない電動式へ。しかし実現化への道は険しかった。

自動車のステアリングは、だれでも快適に安全に運転できることが要求されたが、当時のモータ技術では滑らかで軽快な操舵フィーリングの実現や万が一故障しても安全に構成することが難しかった。そこで新たな発想(後述)で取り組んだ結果、新方式を発明することができた。

このような十数年におよぶ研究開発の末、清水先生は世界に先駆けて電動パワーステアリング(EPS:ELECTRIC POWER STEERING)の実用化に成功。1990年にホンダのスポーツカーNSXに、当時の技術の粋であるアルミのボディ、VTECエンジンとともに搭載された。

しかし、世界初の技術なので普通の部品が使えず、高価になる。結果として、売価とコストがほとんど同じになってしまったという。これでは普及の見通しが立たないため目標を段階的に定めてコストダウンに取り組んだ結果、コストを10分の1、つまり油圧式以下まで下げることができた。これにより、乗用車の全部に搭載することができた。

電動パワーステアリングの省エネ効果

電動パワーステアリングはなぜ省エネにつながるのだろうか。

下は電動パワーステアリングの図。ステアリング装置にモーター、ギア、センサー、コンピューターが接続されている。ハンドルを切ると、センサーの情報をもとに、ECU(電子制御ユニット)と呼ばれるコンピューターがアシスト力を計算し、それをモーターが力に変換して、先端のラック・アンド・ピニオンギアに伝える。油圧式には必要だった配管が不要なため軽量で、コンピュータ制御によって必要に応じてモーターが直接アシストするため、ハンドルを切ったときのみパワーを供給することができる。そのためパワーロスがほとんどなく、燃費の向上とCO2(二酸化炭素)排出量減少につながる。

電動パワーステアリング(EPS)とは (c)TDU

その省エネ効果はすさまじい。清水先生は「少し古い2009年のデータですが……」と言いながら次のデータを示した。

「電動パワーステアリングが2009年、世界で約12,000万台に普及した結果、節約したガソリン量は年間約580万キロリットル、低減した排出CO2が年間約1,350万トン、削減した廃油が年間約12,000万リットルに達しました。

日本国内では、年間で240万キロリットルのガソリンが節約され、排出CO2は570万トン減少したこととなります。これは1997年に京都議定書(第3回気候変動枠組条約締約国会議で採択された気候変動枠組条約に関する議定書)で日本が約束した運輸部門の排出CO2の1年あたりの削減目標3,670万トンの約16%にあたります。電動パワーステアリングの普及拡大が環境問題に大きく貢献したといえるでしょう。

このように世の中は非常に大きく変化するのです。今まで当たり前だった油圧ステアリングも、省エネという時代の要請を受けて、あっという間に電動パワーステアリングに置き換えられてしまう。価値を向上させるために技術は絶えず進化しています。取り残されると消える運命にある。これを油圧式のパワーステアリングは物語っています。社会環境の変化は、新たな課題を生み出す大きなチャンス。イノベーションはそこから生まれる。新しい価値を創造するのが技術者の使命であると感じています」

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(続く)

取材・文/土肥元子(まなナビ編集室)