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「成功確率70%」か「失敗確率30%」か。リスクコミュニケーションのキモを知る

北野大先生

不祥事を起こして謝罪会見で開く。企業にとっては、長年かけて築き上げたブランドを台無しにする一大事だ。こうした事態を避けるために必要なのが日頃からの「リスクコミュニケーション」。すべてのビジネスパーソンが知るべきリスクコミュニケーションの肝を、工学博士で秋草学園短期大学理事・学長の北野大(きたのまさる)先生による明治大学の「安全学入門」講座から学ぶ。

東日本大震災後、ますます重要性をますリスクコミュニケーション

リスクコミュニケーション」という言葉は、この20年ほどで定着した新しい言葉だ。とくに2011年の東日本大震災以降、よく耳にするようになってきたと感じる人も多いだろう。

その経緯について、北野先生はこう語る。

「従来、リスク管理は専門家に任せればいいと思われていましたが、やがてリスク情報の開示が欠かせないという考えが主流になりました。さらに1990年代半ばになると、情報の送り手(多くの場合、企業や行政)が受け手(消費者や地域住民)に対してリスク情報を伝達するだけでなく、相互に意見をやり取りしながら、信頼関係を築くプロセスが重視されるようになってきました」(北野先生。以下「 」内同)

そうした過程で重視されるようになってきたのが、「安全」だけでなく「安心」だ。

「安全」はあたりまえ。では「安心」は?

「安全」と「安心」は、「安全・安心」とセットで使われることも多い言葉だが、両者には明確な違いがある。

「安全」とは科学的な裏付けのある客観的なもの。一方の「安心」とは、受け手の理解と納得に基づく主観的なものだ。

「20世紀は安全の世紀と言われました。たとえば残留農薬や食品添加物など、数値に基づき、理性で判断できるのが安全です。ところが21世紀に入ると、安全は当たり前。その上で、感性で判断される安心が求められるようになってきたのです」

リスクコミュニケーションならぬ、クライシスコミュニケーション

単なる「安全」を「安心」につなげるものは何か。それは「信頼」だと北野先生は言う。その信頼を構築することがリスクコミュニケーションの目的だ。だからこそ、リスクコミュニケーションは平時から行っていてこそ意味がある。

「不祥事による謝罪会見が後を絶たないことからもわかるように、日本では事が起こってから慌てて策を講じようとする傾向がある。これは『リスク』コミュニケーションではなく、『クライシス』コミュニケーションです。日頃から情報共有と意見交換を欠かさない姿勢が求められます。

その際、必ずしも合意形成を目指す必要はありません。コミュニケーションの結果、合意が生まれればいいと考えるべきです」

「リスク」も「クライシス」も「危機」を意味するが、すでに起こってしまった「大惨事」といった意味合いもあるといえよう。

「成功確率70%」と「失敗確率30%」、どちらがいい?

平時からのコミュニケーションが大事なことはわかった。だがそれは決して容易ではない。ひとつには、同じ事柄を伝えるにも、表現方法によって受け手のイメージがまったく違ってしまうことが多いためだ。

たとえば洪水で考えてみよう。どちらのリスクが深刻に感じるだろうか。

100年に一度、大洪水が起こる
大洪水の確率は毎年1%だ

多くの人は前者のはずだ。そのからくりを北野先生は、「抽象的な確率表現ではなく、頻度を伝えて望ましくない状態を具体的に連想させるほうが、ネガティブな感情を喚起しやすい」と解説する。

もうひとつ、情報の受け手が抱く印象に影響を与えるのが「フレーミング効果」だ。

「伝える内容が同じであっても、ポジティブな面を強調したポジティブフレームと、その逆のネガティブフレームでは、聞いた人の意思決定に大きな違いが出てきます」と北野先生は言う。

たとえば、病気で手術しなければならないとき、どちらのほうが手術を受ける気になるだろうか。

手術の成功確率は70%
手術の失敗確率は30%

ある実験によれば、前者では9割の人が手術に同意したにもかかわらず、後者の場合、同意したのは4割に留まったという。

こうしたリスクコミュニケーションの難しさを踏まえた上で、北野先生は相互信頼の重要性を強調する。

「信頼を得るには長い時間が必要ですが、それを失うはほんの一瞬。経営トップのわずか1回の失言が命取りになることもあります」。

〔講師の今日イチ〕何より大事なのは信頼関係。どんなに強調しても足りないほど!
北野大先生

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◆取材講座:安全学入門「安全・安心とリスクコミュニケーション」(明治大学リバティアカデミー 駿河台キャンパス)

文・写真(講義風景)/小島和子